そんな生活の中で、遊びは音楽が大半を占めていた。20代にはいってすぐにはまり始めたゴアトランスというダンスミュージックや、「グレイトフル・デッド」や「PHISH」をはじめとするジャムバンドというジャンル。野外で行われるイベントが大好きでよく出かけたそう。「60年代のヒッピーのような人たちやネイティブアメリカン好きな人、クリエイターやアーティストなど、とにかく面白い人がたくさん集まっていて。そこで知り合った仲間との交流の中で、自分の中にあるクリエイティブな部分やスピリチュアリティに触れることも多かったですね」
仕事に遊びにと充実した生活を送っていたRitsuさんだが、20代も終わる頃、「もっと違う生き方・働き方があるのではないか」と会社員生活にピリオドを打つことに。業務に支障がないようにと出社日を徐々に減らしながら、約1年かけて引き継ぎや後任育成を行う傍ら、フリーランスとしての活動をスタート。エコロジー製品を紹介するサイト「エコスマイル」を立ち上げたり、各種デザイン、店舗の内装グラフィックの仕事のほか、フライヤー制作、バティックを描くなどのアーティスト活動も並行して行った。退職後は、後に夫となるパートナーとデザインユニット「tivativa」を結成。Webサイトのデザインを手がけるなど活動の場を広げていった。
その後、2005年に結婚、2006年には長男を出産。産前と変わらず、デザインやイラストの仕事を続けながらも、「これまでとは違う新しい軸をつくりたい」ともやもや悩んでいたRitsuさんに転機が訪れる。それは、たまたま気になって出かけていったリーディングでのことだった。
「2008年はじめに受けたセッションでもらったメッセージがきっかけで、本格的に数秘やヒーリングを学ぶことに。その後も、まるで吸い寄せられるように人との出会いがあったり、先生が現れたり、繋がりが広がっていって、サロンをオープンする流れに。2008年は、私にとって始まりを意味する“1”の年だったのですが、まさにスタートの一年でしたね」
仕事に遊びにと充実した生活を送っていたRitsuさんだが、20代も終わる頃、「もっと違う生き方・働き方があるのではないか」と会社員生活にピリオドを打つことに。業務に支障がないようにと出社日を徐々に減らしながら、約1年かけて引き継ぎや後任育成を行う傍ら、フリーランスとしての活動をスタート。エコロジー製品を紹介するサイト「エコスマイル」を立ち上げたり、各種デザイン、店舗の内装グラフィックの仕事のほか、フライヤー制作、バティックを描くなどのアーティスト活動も並行して行った。退職後は、後に夫となるパートナーとデザインユニット「tivativa」を結成。Webサイトのデザインを手がけるなど活動の場を広げていった。
その後、2005年に結婚、2006年には長男を出産。産前と変わらず、デザインやイラストの仕事を続けながらも、「これまでとは違う新しい軸をつくりたい」ともやもや悩んでいたRitsuさんに転機が訪れる。それは、たまたま気になって出かけていったリーディングでのことだった。
「2008年はじめに受けたセッションでもらったメッセージがきっかけで、本格的に数秘やヒーリングを学ぶことに。その後も、まるで吸い寄せられるように人との出会いがあったり、先生が現れたり、繋がりが広がっていって、サロンをオープンする流れに。2008年は、私にとって始まりを意味する“1”の年だったのですが、まさにスタートの一年でしたね」

Ritsuさんがイラスト・デザインを手がけたフライヤーの数々。春・夏をメインに開かれる野外イベントへは、妊娠中、産後も変わらずに出かけているのだそう。



