「ニュースにしても、野球中継にしても、同じ内容を放送することは二度とありません。すべてが一期一会。だからこそ、一つひとつの仕事は、適度な緊張感と高揚感を持って、全身全霊、全力でのぞみます。アナウンサーは決して省エネではできない仕事ですが、終わったときの充実感は相当のもの。だから、辞められないんだと思います」
そう話すのは、女性の花形職業のひとつ“局アナ”を経て、現在はフリーアナウンサーとして活躍している大塚美幸さん。その場の空気がぱっと明るくなるような華やかさがあり、いかにもアナウンサーらしいハキハキとした受け答えがとても印象的だ。昔からアナウンサー志望だったのかと聞くと、全く違っていたそう。大学時代、TOKYO FMでパーソナリティのアルバイトをしていた流れでマスコミを志望し、テレビ山梨に内定。「他のアナウンサー希望の方に申し訳ないくらい、トントン拍子で決まってしまって」と遠慮がちに話す。
だからこそ、入社後の研修は大変だったという。まわりは、学生のときからアナウンサースクールに通い、すでに基礎をしっかりと身につけていた同期ばかり。みんなが当たり前にできていることができない。「私にアナウンサー業が務まるんだろうか」と落ち込むこともあったが、同期の支えに助けられながら半年の研修期間を乗り越え、なんとか局アナデビューを果たした。担当するコーナーが1分間の生コマーシャル(CM)から、お天気、ニュース、生中継のリポート……とステップアップしていくごとに喜びとやりがいを感じながら、新鮮で充実した日々を送っていた。
しかし、新人から中堅へ、という時期に差し掛かったころ、「このまま局アナ生活を続けていっていいのだろうか」と漠然とした不安が大きくなっていったという。「局アナということで、まわりからちやほやされたり、局に守られていると感じることが正直ありました。だからこそ、局アナという立場を超えて“ひとりの人間”としてたくさんの人と出会い、新しいものを吸収して、もっともっと自分を磨いていきたいと思ったんです」
一度、すべてをリセットしたいと思った大塚さんは、5年間勤めたテレビ局を退職する。あまりにもいさぎよい決断。“局アナ”という肩書きを捨てることにも、まったく抵抗はなかったという。退職後、オーストラリアに留学していた友人のもとを訪ね、女性二人で約一ヶ月かけて、オーストラリア中を旅した。人生初のバックパッカー旅行。男女混合の安宿に泊まったり、旅先でいろいろな人と出会ったり……。最初は戸惑いや不安を感じることが多かったが、次第に慣れ、世界観が変わるような貴重な体験をした。「もっといろいろな世界を見てみよう」そう思った大塚さんは、帰国後、今度はアメリカ・ボストンへと渡ったのだった。
そう話すのは、女性の花形職業のひとつ“局アナ”を経て、現在はフリーアナウンサーとして活躍している大塚美幸さん。その場の空気がぱっと明るくなるような華やかさがあり、いかにもアナウンサーらしいハキハキとした受け答えがとても印象的だ。昔からアナウンサー志望だったのかと聞くと、全く違っていたそう。大学時代、TOKYO FMでパーソナリティのアルバイトをしていた流れでマスコミを志望し、テレビ山梨に内定。「他のアナウンサー希望の方に申し訳ないくらい、トントン拍子で決まってしまって」と遠慮がちに話す。
だからこそ、入社後の研修は大変だったという。まわりは、学生のときからアナウンサースクールに通い、すでに基礎をしっかりと身につけていた同期ばかり。みんなが当たり前にできていることができない。「私にアナウンサー業が務まるんだろうか」と落ち込むこともあったが、同期の支えに助けられながら半年の研修期間を乗り越え、なんとか局アナデビューを果たした。担当するコーナーが1分間の生コマーシャル(CM)から、お天気、ニュース、生中継のリポート……とステップアップしていくごとに喜びとやりがいを感じながら、新鮮で充実した日々を送っていた。
しかし、新人から中堅へ、という時期に差し掛かったころ、「このまま局アナ生活を続けていっていいのだろうか」と漠然とした不安が大きくなっていったという。「局アナということで、まわりからちやほやされたり、局に守られていると感じることが正直ありました。だからこそ、局アナという立場を超えて“ひとりの人間”としてたくさんの人と出会い、新しいものを吸収して、もっともっと自分を磨いていきたいと思ったんです」
一度、すべてをリセットしたいと思った大塚さんは、5年間勤めたテレビ局を退職する。あまりにもいさぎよい決断。“局アナ”という肩書きを捨てることにも、まったく抵抗はなかったという。退職後、オーストラリアに留学していた友人のもとを訪ね、女性二人で約一ヶ月かけて、オーストラリア中を旅した。人生初のバックパッカー旅行。男女混合の安宿に泊まったり、旅先でいろいろな人と出会ったり……。最初は戸惑いや不安を感じることが多かったが、次第に慣れ、世界観が変わるような貴重な体験をした。「もっといろいろな世界を見てみよう」そう思った大塚さんは、帰国後、今度はアメリカ・ボストンへと渡ったのだった。

幸せオーラあふれる大塚さんの日々を綴ったブログ。日常生活の中で起こったプチHappyな出来事をほぼ毎日更新中。



