占いライターとしてのキャリアはなんと24年! 著作も多数手がけている小泉茉莉花さんだが、最初から占いを仕事にしようと思っていた訳ではない。趣味でタロットは使っていたものの、大学卒業後は化粧品会社に就職し企画を担当。2年で主任になるなど順調に昇進し、精力的に働いていた彼女が「占いライター」という仕事に出合ったのは、趣味で通っていたカルチャーセンターがきっかけだった。
「やはり会社ではなく、自分で働いていきたかったのね。手に職をつけて」
実は、小泉さんは小学生の頃から「物書き」になりたかったのだ。趣味で小説を書いたりもしていたが、物書きの仕事として、占いライターという分野があることをそのとき初めて知ったという。バイト感覚で原稿を書く仕事を始めて、いつの間にか履いていた二足のわらじ。自分は「給料泥棒」だと思いながらも、会社から帰宅して原稿を書くというハードな二重生活を続けた。
そんなある時、小泉さんに上司から打診が来た。会社には「現場主義」的な風潮があり、結局、店舗に出てキャリアを積まなければ上にはいけない。「自分は接客に絶対に向かない」と思った小泉さんは、副業だった占いライターとしてフリーランスになることを決断する。
「先輩編集者から、『本当にやるの? 年取ったら、ライターなんて見向きもされなくなるよ。忙しくて死ぬか、暇で死ぬかどちらかしかない。ちょうどいいっていうのはありえないよ』って言われたけど、その時は、安定した会社員という立場や収入を捨てる不安はあまりなかったですね」
なぜなら、二足のわらじを履いていた小泉さんは、どちらかというとリッチな生活を送っていた。「でも、辞めてみたら『ありゃ?違った』って。食べられないじゃないですか(笑)」
「やはり会社ではなく、自分で働いていきたかったのね。手に職をつけて」
実は、小泉さんは小学生の頃から「物書き」になりたかったのだ。趣味で小説を書いたりもしていたが、物書きの仕事として、占いライターという分野があることをそのとき初めて知ったという。バイト感覚で原稿を書く仕事を始めて、いつの間にか履いていた二足のわらじ。自分は「給料泥棒」だと思いながらも、会社から帰宅して原稿を書くというハードな二重生活を続けた。
そんなある時、小泉さんに上司から打診が来た。会社には「現場主義」的な風潮があり、結局、店舗に出てキャリアを積まなければ上にはいけない。「自分は接客に絶対に向かない」と思った小泉さんは、副業だった占いライターとしてフリーランスになることを決断する。
「先輩編集者から、『本当にやるの? 年取ったら、ライターなんて見向きもされなくなるよ。忙しくて死ぬか、暇で死ぬかどちらかしかない。ちょうどいいっていうのはありえないよ』って言われたけど、その時は、安定した会社員という立場や収入を捨てる不安はあまりなかったですね」
なぜなら、二足のわらじを履いていた小泉さんは、どちらかというとリッチな生活を送っていた。「でも、辞めてみたら『ありゃ?違った』って。食べられないじゃないですか(笑)」




