玄米菜食中心のマクロビオティックの料理法のひとつに「重ね煮」というものがある。食材を「陰」と「陽」に分け、それを陰陽の順番に層のように重ねて煮るだけで、砂糖も化学調味料も使わずに、本来、野菜が持っている栄養や自然のうまみを最大限に引き出してくれるというもの。根っこや皮、アクさえもうまみに変えてくれる魔法の調理法とともに、「野菜を美味しく食べてHappyになる」輪を広げるべく活動しているのが重ね煮料理家の戸練ミナさんだ。
両親が厳格にマクロビオティックを実践している家庭に育った戸練さん。重ね煮を使った料理が毎日のように食卓に並んでいたが、それが「重ね煮」だと知ったのは実はずっとあとのこと。「小さい頃は、『どうしてうちのごはんは、ほかの家とは違うの?』と反抗したことも。その反動もあったのか、食への興味と一種の憧れが子どものころからものすごく強かった」と戸練さんは話す。
進学の際も、マクロビオティックの考え方と相反する現代栄養学に興味をもって栄養士学校に。その後、実家が始めた自然食レストランを手伝う傍ら、フレンチレストランで働きながら調理師学校にも通う。きらびやかな洋菓子への憧れが捨てきれず、フランスへパティシエ留学も果たした。でも、フタをあけてみれば、洋菓子は食品添加物のオンパレード。それらを使わないとふわふわとした食感や見た目の美しさがどうしても出せないとわかっていても、「白い砂糖やゼラチン、食品添加物は摂りすぎてはいけない」と小さい頃からずっと教えられ育ってきた戸練さんにとって、食品添加物をあえて使ってお菓子を作り、しかも人に売るということは到底できず、帰国後1ヶ月でお菓子づくりも辞めてしまう。
その後、オーガニックカフェの店長に抜擢されて立ち上げに関わるが、オーナーの意向と戸練さんの目指す理想のカタチが折り合わず、結局1年でお店はクローズすることに。なかなか思うように行かず落ち込む戸練さんに声をかけてくれたのが、叔父であり重ね煮の第一人者である船越康弘氏だった。
「九州で重ね煮でガン患者を本気で治そうとしている医者がいる。そこに行ってみないか?」
そのとき戸練さんは初めて、自分がこれまで家で食べ親しんできたのが「重ね煮」というものだったということを知ったという。28歳の時だった。
両親が厳格にマクロビオティックを実践している家庭に育った戸練さん。重ね煮を使った料理が毎日のように食卓に並んでいたが、それが「重ね煮」だと知ったのは実はずっとあとのこと。「小さい頃は、『どうしてうちのごはんは、ほかの家とは違うの?』と反抗したことも。その反動もあったのか、食への興味と一種の憧れが子どものころからものすごく強かった」と戸練さんは話す。
進学の際も、マクロビオティックの考え方と相反する現代栄養学に興味をもって栄養士学校に。その後、実家が始めた自然食レストランを手伝う傍ら、フレンチレストランで働きながら調理師学校にも通う。きらびやかな洋菓子への憧れが捨てきれず、フランスへパティシエ留学も果たした。でも、フタをあけてみれば、洋菓子は食品添加物のオンパレード。それらを使わないとふわふわとした食感や見た目の美しさがどうしても出せないとわかっていても、「白い砂糖やゼラチン、食品添加物は摂りすぎてはいけない」と小さい頃からずっと教えられ育ってきた戸練さんにとって、食品添加物をあえて使ってお菓子を作り、しかも人に売るということは到底できず、帰国後1ヶ月でお菓子づくりも辞めてしまう。
その後、オーガニックカフェの店長に抜擢されて立ち上げに関わるが、オーナーの意向と戸練さんの目指す理想のカタチが折り合わず、結局1年でお店はクローズすることに。なかなか思うように行かず落ち込む戸練さんに声をかけてくれたのが、叔父であり重ね煮の第一人者である船越康弘氏だった。
「九州で重ね煮でガン患者を本気で治そうとしている医者がいる。そこに行ってみないか?」
そのとき戸練さんは初めて、自分がこれまで家で食べ親しんできたのが「重ね煮」というものだったということを知ったという。28歳の時だった。

野菜を切って重ねたあと、ふたをする前に毎回行う儀式。命あるものをいただくことへの感謝の気持ちと「おいしくなあれ!」と心をこめてパワーを送ると、本当に味がおいしく変わるのだとか。



