見る角度によって青、ピンク、紫……とさまざまな色を見せる貝殻の輝きを生かした螺鈿(らでん)や、金粉をちりばめた蒔絵(まきえ)。永坂景子さんは、日本の伝統工芸をシルバーやゴールドなどの金属に施した、独創的なジュエリーを制作、美しい輝きを世界へ発信している。永坂さんを突き動かしているのは「自分にしかできないオリジナルのアートを生み出したい、それを多くの人に触れてほしい」という熱い思いだ。
美術教諭だった母の影響もあって、永坂さんは幼いころから絵を描いたり物を作ったりするのが大好きだった。母に連れられて新宿御苑などに出かけてスケッチをしたり美術館に行ったりと、アートが日常にあったという。高校は金属工芸課程に進み、彫金や鍛金など金属工芸品全般について学んだ。
卒業後すぐ宝飾会社に就職し、ジュエリーのデザイン画を描く。商品は次々と売れ、ヒットメーカーとして会社に貢献しているという自負があったが、大学卒の社員に比べて給料が低いなど待遇が悪く、悔しい思いをする。「正当な評価が得られないのは大学に行っていないから?……」。劣等感が永坂さんを襲う。
「もっと認められるデザインを描きたい」。宝飾会社を1年半で辞め、ジュエリーデザインの専門学校に入学した。学費を捻出するため、昼間はジュエリーとデザイン関係の2つのアルバイトをこなしながらの3年間だった。まもなく卒業というころ、大手化粧品会社でジュエリーデザイナーの中途採用を募集していることを知り応募、入社を果たす。
「劣等感から、とにかく大きな会社に入りたいと思っていました。でも、専門学校卒であっても大学卒には勝てない、出世できないことが徐々にわかってきたんです。だからこそコンテストに入賞し、アピールしたいと頑張りました」。永坂さんの実力は認められ、会社からの積極的なバックアップを受けて、国内外の大きなコンテストで賞を次々と受賞することになる。
しかし、永坂さんには満たされないものがあった。
美術教諭だった母の影響もあって、永坂さんは幼いころから絵を描いたり物を作ったりするのが大好きだった。母に連れられて新宿御苑などに出かけてスケッチをしたり美術館に行ったりと、アートが日常にあったという。高校は金属工芸課程に進み、彫金や鍛金など金属工芸品全般について学んだ。
卒業後すぐ宝飾会社に就職し、ジュエリーのデザイン画を描く。商品は次々と売れ、ヒットメーカーとして会社に貢献しているという自負があったが、大学卒の社員に比べて給料が低いなど待遇が悪く、悔しい思いをする。「正当な評価が得られないのは大学に行っていないから?……」。劣等感が永坂さんを襲う。
「もっと認められるデザインを描きたい」。宝飾会社を1年半で辞め、ジュエリーデザインの専門学校に入学した。学費を捻出するため、昼間はジュエリーとデザイン関係の2つのアルバイトをこなしながらの3年間だった。まもなく卒業というころ、大手化粧品会社でジュエリーデザイナーの中途採用を募集していることを知り応募、入社を果たす。
「劣等感から、とにかく大きな会社に入りたいと思っていました。でも、専門学校卒であっても大学卒には勝てない、出世できないことが徐々にわかってきたんです。だからこそコンテストに入賞し、アピールしたいと頑張りました」。永坂さんの実力は認められ、会社からの積極的なバックアップを受けて、国内外の大きなコンテストで賞を次々と受賞することになる。
しかし、永坂さんには満たされないものがあった。

月をモチーフに、南洋パールとダイヤ、K18、螺鈿蒔絵をあしらったブローチにもネックレスにも使えるジュエリー。無数にちりばめられた螺鈿を見ていると、小宇宙に引き込まれそう。



