「障がい者」のイメージを豊かに

October 13 2016

【新連載】貧困な「障がい者観」が招く恐怖

このエントリーをはてなブックマークに追加

あの事件から思い出した「恐怖」

およそ3か月前の7月26日未明、相模原市の障がい者施設で元職員の男が入所者19人を殺害し、さらに27人を負傷させるという衝撃的な事件が起きました。
「障がい者なんていなくなればよい」「障がい者は不幸」という容疑者の発言や被害者の匿名報道などの社会の反応に、私はかつての自分の恐怖を思い出しました。

私は、子どものときに病気で右耳の聴力を失いました。聞こえなくなった当時は、片耳の生活の不便さによく泣いていましたが、20年以上たった今は慣れ、健聴者とほぼ変わらない生活を送っています。
(ただ、営業や接客など会話が基本になる仕事で苦労している片耳難聴の人たちを知っていたり、音の方向感覚を得るのが難しい、パーティなどの騒音下での会話が人よりも疲れやすい、並んで歩くときはさりげなく聞こえる側に移動する......と、地味に努力しているので、「片耳が聞こえないなんてたいしたことない」と言われると少し複雑な気持ちになりますが)

しかし、「聞こえる方の耳も後々聞こえなくなるかもしれない」という可能性は残り、自分が「障がい者」になるのでは、という恐怖は常にありました。
四国の田舎で生まれ育ち、障がい者と接する機会が数えるほどしかなかった当時の私にとって、「障がい者」になることは、無限にあったはずの将来の可能性を根こそぎ奪われる、そして「社会的弱者」になる、という恐怖でしかなかったのです。
そうした恐怖の中で得たものは、そう感じる自分と社会への疑問でした。

その疑問の答えを知りたくて、就職で上京してからは、さまざまな障がいを持つ人に会いに行きました。
すると、健常者よりも幸せになることに前向きで、時に涙しながらも、笑顔で暮らしている彼らの姿に会うことができました。大切な友人や尊敬できる仲間もできました。私のなかで「恐怖」でしかなかった障がい者のイメージが変わり、「自分らしく生きていけるかもしれない」と希望をもつことができるようになったのです。

「恐怖の種」はあちこちに

しかし、「恐怖の種」はいたるところに残っています。

2015年には茨城県教育委員の委員が、特別支援学校を視察後、「妊娠初期にもっと障がいの有無がわかるようにできないのか。(教職員も)すごい人数が従事しており、大変な予算だろう」「茨城県では障がい者を減らしていける方向になったらいい」との発言をしました。
また、2013年から日本でも始まった新型出生前診断では、この3年間で受診者は3万人を超え、その後の羊水検査と併せて「異常」が確定した場合の94%が中絶を選択していることが明らかとなりました。

私が、ある勉強会に参加して「耳が聞こえず地域のママ友ができなくて一人で子育てに悩んでいる女性がいる」という話をしたとき、「耳の聞こえない人同士で集まればよい話では?」という社会人のお子さんをもつ年配の女性がいました。
悪意のないこの言葉に、まだまだ障がい者は健常者にとって「他人」なのだなと寂しさでいっぱいになりました。

取材で高齢者施設や病院を訪ねます。そこで見た光景は、人は老いれば、病めば、事故にあったりすれば、誰しもが「障がい者」になりえる、ということを教えてくれました。みんな、そういう日がくることへの想像力が乏し過ぎるのではないのかな、と思います。

アメリカのシンクタンクが各国の社会的傾向を調べた調査で(「What the World Thinks in 2007」The Pew Global Attitudes Project)、「自力で生活できない人を国が助けるべきか」という質問に対し、「助けるべきだと思わない」と答えた人の割合がイギリスやドイツ、イタリア、中国などはおおむね7~9%だったのに対し、アメリカは28%、そして、日本は38%という結果でした。

病んでも、老いても、障がいをもっても......

不寛容で弱肉強食の価値観の広がり。貧困な障がい者観。想像力の欠如......。このような社会の風潮が追い風となり、容疑者自身の人生の不満を、重度障がい者に向けられた刃に変えてしまったのではないでしょうか。

20161013_kirita_1.jpg

ダウン症の男の子のママである漫画家、たちばなかおるさんの子育てエッセイ『ダウン症児の母親です!毎日の生活と支援、こうなってる 』(2014年)のなかで、「税金を使うばかりの息子で申し訳ない。みんなに迷惑をかけるだけでいいんだろうか......」と、たちばなさんが障がい児の親としての不安を打ち明ける場面があります。それに対して東京女子大学教授の前川あさ美先生が次のように答えていました。

「人は美しい夕日に感動するということだけでも、この世に生まれてきた意味があるのではないですか? 世の中の物差しはひとつではない。人はこの世をすばらしいと思うためだけに生きているんでいい」

「障がい者」へのイメージを豊かにし、共感できる社会になれば、病んでも、老いても、障がいをもっても、夕日が美しいという喜びを共有できる......。
本コーナーは、障がい者への理解を豊かにすることを目標に、進めていきたいと思っています。

フリーランス応援プログラム