実は複雑な聴覚障がいの世界を知る入門書『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』

会話がわからなくても笑顔で黙ってうなずく人が多く、その様子から「ほほ笑みの障がい」と呼ばれることもある聴覚障がい。一方、電車やレストランなどでみかける、手話での会話はとても「饒舌」です。多くのきこえる人たちにその内容はわかりません。

そんな聴覚障がいの世界を知る入門書にぴったりな本を友人に教えてもらったので紹介します。ミステリー小説の『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (丸山正樹、文春文庫) 』です。
その友人は生まれたときからきこえません。当事者から見ても聴覚障がい者についての描写がリアルで、また、ミステリー小説としても読み応えがあり、手話を知らない人にも惹きつけられる内容だと教えてくれました。

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あらすじ

主人公の中年男性・荒井尚人は、両親と兄の全員が「ろう者」(きこえない人)という家庭環境で育った「コーダ」(CODA:Children of Deaf Adultsの略。ろう者の両親の間に生まれたきこえる子ども)です。しかし、そこに自分の居場所をみつけられず、大人になってからは、家族、そして手話とも距離を置く生活を送っていました。警察の事務員として働いていましたが、あることがきっかけで辞めざるを得なくなりました。やむなく唯一の特技を活かすため手話通訳士の資格を取り、働くことにしました。そんななか、ある殺人事件が起きます。事件の被害者は、荒井が17年前にかかわりずっと忘れられずにいた殺人事件の被害者である、ろう児施設の理事長の息子でした。
現在と過去、2つの事件が交差していきます。そして、荒井は、ろう者たちの「敵」か「味方」かという常に問われ続けてきた自分のアイデンティティへの答えをみつけます。

2つの手話と「ろう文化」

「手話」と一括りにされがちですが、手話には種類があることをご存知ですか?
本書には、「日本語対応手話」と「日本手話」という2つの手話が登場します。
日本語対応手話とは、一般的に知られている手話です。日本語に、手話単語を一つひとつ当てはめて話します。一方、日本手話とは、日本語とは全く違った独自の語順や文法構造を持っています。そのため先天性の失聴者でなければ、習得はかなり難しいといわれています。

そして、日本手話を第一言語として暮らす先天性の失聴者たちの一部の人たちが「ろう者とは、日本手話という、日本語とは異なる言語を話す言語的少数者である」と主張した「ろう文化宣言」が1995年に雑誌『現代思想』に掲載され、大きな反響を呼びました。
ただ、本書でも紙幅を割いていますが、この主張には、難聴者や中途失聴者からは、下記のような批判もあります。
「今まで『ろう者』として生きてきた自分たちのアイデンティティを奪うのか」
「同じ聴覚障がい者として共に闘うために一致団結すべきではないか」
また、日本手話にも「ろう児の親の多くは聴者であり、日本手話を話せないことを踏まえ、親子関係、家族間を断絶させるものにならないか」といった危惧も指摘されています。

このように、きこえない・きこえにくい人たちの世界は「聴覚障がい者」と一言でまとめられません。私も、最初はこの世界の複雑さに戸惑ったことを覚えています。

私たちの味方? 敵?

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「おじさんは、私たちの味方? それとも敵?」

これは、17年前の事件で荒井がろう者の容疑者の娘から手話で問われた質問です。
本書は、コーダという立場の主人公をとおして、ろう者(マイノリティ)の立場を理解し、相手の立場に立てるきこえる人(マジョリティ)の大切さも訴えていると思います。

紹介してくれた友人は、普段きこえる人と話すときは相手の口の形を読み取って自分は声を出して会話しています。でも、それだけでは限界があります。
「手話や身振り、筆談という方法も使ってもらうことで、私たちも話の内容を理解できるということをもっと多くの人に自然なこととして受け止められる社会になったらうれしい」
と話してくれました。また、きこえないと伝えただけで、小さな子どもに話しかけるような話し方になったり、単語を並べるような話し方になったりする人がいるが、そのような配慮の仕方ではなく、例えば、早口の人はいつもより少しゆっくりと、声が小さい人は声が通るように意識した話し方をしてもらいたいとも言っていました。

聴覚障がいは、見た目でその障がいはわかりません。そして、情報を得たり、自分の「声」を伝えたりする方法もまだ限られているのが現状です。「コミュニケーション障がい」とも呼ばれ、孤独を抱えがちな障がいだと感じています。
一方、きこえる人が見逃しがちな発話以外の表情などから相手の気持ちを読み取ることが上手で、仲間(きこえる、きこえないに関係なく)を大切にする人が多いようにも感じています。

複雑だけど、豊かな聴覚障がいの世界を少しでも多くの人に知ってもらい、「味方」が1人でも増えてくれたら、と思います。

桐田 さえ

Writer 桐田 さえ

出版社等に勤務後、2013年よりフリーランスのライター・編集者に。また、産後3か月で社会福祉士を取得。現在は、当事者や専門家、高齢者施設等を取材し、主に障がいや介護に関する記事や実用書、専門書のお仕事が中心。子どものときに、おたふく風邪による難聴(ムンプス難聴)で片耳を失聴した。一女の母。

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