「障がい者」のイメージを豊かに

February 01 2017

前例にとらわれず、フィリピンと日本を行き来しながら働く全盲女性

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201702_kirita_top.jpg石田由香理さん(27歳)は、1歳3か月のときに眼球の病気のために手術をし、両目とも義眼を使用する全盲者です。和歌山の盲学校を卒業後、単身で上京し、筑波大学附属視覚特別支援学校に進学しました。1年間の浪人生活を経て、難関大学のICU(国際基督教大学)に合格し、在学中にはフィリピン留学で、卒業後にはイギリスの大学院で学びます。障がい者として初めて外務省のインターン生も経験しました。昨年4月から、子ども支援を行う認定NPO法人フリー・ザ・チルドレン・ジャパン(東京都世田谷区)に勤め、主にフィリピンの障がい者支援事業を担当しています。一見、「スーパーマン」「頑張る障がい者の代表」のような経歴の石田さんですが、その背景にはご自身の経験から得た「障がい者の可能性を広げたい」という強い想いがありました。

「世の中は障がい者が邪魔なんだ」

――ICU進学やフィリピン留学、国際協力のお仕事に就くなど、石田さんの経歴からは「障がい者だからできない」という壁を感じません。そのパワーの源を教えて下さい。

まず、今までずっとお世話になってきた点訳ボランティアさんたちへの感謝の気持ちがあります。私たち視覚障がい者が勉強をするためには、点訳された教科書や問題集などが欠かせません。とくに大学受験のときは、年末年始も休みなしで、大学の赤本や予備校の冬期講習のテキストなどを点訳してくださって。それらすべてをボランティアでしてくださっているんです。唯一、私が恩返しできることは、全力でやることなので。
あとは私よりも優秀な視覚障がい者の先輩たちで、障がいを理由に夢を諦めた人たちの存在です。障がい者の社会の見方を変えて、障がい者の可能性を広げたいという思いが強いです。

――日本でも「障がいがあるからできない」という見方はまだあるのでしょうか。

私は、実の母親に大学進学の相談をしたら「あんたは目が見えないんだからどうせろくな就職先はない。世の中はお前が思っている以上に障がい者が邪魔なんだ」と言われました。そんな障がい者の可能性を否定する見方に対して、障がいに関係なく、頑張れば道は拓けることを証明したいという思いが強いですね。

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フィリピンで打ち合わせをする石田さん

足し算や引き算ができないのが私の運命だったかもしれない

――石田さんご自身の活躍で日本でも障がい者の見方が変わるきっかけのひとつになれればと考えていらっしゃるんですね。フィリピンの障がい者支援を行う理由は?

大学のときに参加したフィリピンへのスタディツアーで、10代で足し算や引き算もできないような子どもたちと出会いました。本当はやりたいこともあるし、能力もある子もいるのに環境が整っていない。本人の努力だけではどうしようもできない現実があって。私はたまたま日本に生まれたから、家族の支援なしでもどうにかやってこれました。でもフィリピンに生まれていたら、足し算や引き算ができないのが私の運命だったかもしれない。「障がいがあるからできない」と言われて夢を奪われる姿はかつての自分と重なるんです。だから人ごとに思えないんですよね。

――フィリピンでは障がい者への教育が重視されていない?

フィリピンは「障がい者なんていなくていい」「障がい者に教育しても無駄」と考える人が多く、日本と違い、それが露骨なんですね。フィリピンの健常者の小学校進学率は96%ですが、視覚障がい者の場合は5%未満です。実際には出生届も出されない子どもも多いので、この数字はもっと少なくなると思います。
ある20歳の全盲の男の子が、もともと弱視で少しは見えていたんですが、18歳で全盲になったら親に捨てられました。その子の「家」に一泊させてもらったんですが、そこが、別の中流家庭の裏庭にある豚小屋の2階だったんです。豚小屋の上なので蠅だらけで、蛇口も最後までしまらないからいろんな虫もいる。親は18歳まで育てた子どもをそんな状況に捨てて、一度も見に来ない。目が見えない子が生まれたり、見えなくなると捨ててしまう、というのがフィリピンの少なくない現実ですね。

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一生懸命に勉強する現地の盲学校の子どもたち

「頑張らない自分」も受け入れてくれる存在

――ある盲学校に通う娘さんをもつお母さんと話す機会があって、進路の選択肢がないと悩んでいたので、「ICUに行ったり、フィリピンに留学したりしている全盲の女性もいますよ」と石田さんの話をしたら「そんな『スーパーマン』と比べないでくれ。参考にならない」と怒られてしまいました(笑)

親ってそういうことを言いがちなんですよね(笑)。私の母もそうでした。私の高校時代の恩師でICU出身の先生がいて。本当にその先生にはお世話になって、進路のアドバイスなどしてくれていたんですが、母は「そんな『スーパーマン』の意見聞いても。どうせ普通の障がい者の気持なんかわかんないんだから」って。

――石田さんは一言で表現できない努力をされてここまでの道を切り拓いてきたと思いますが、頑張ることに疲れることはないですか?

大学生のときに、どうしても頑張れない時期があっていろいろ自暴自棄になりました。「頑張っている自分だからみんなに応援される、こんなだめな自分はみんなに見捨てられるかな......」って。そして、一番見捨てられたくない人である高校時代の恩師に会いに行って、今のだめな自分の状況を話しました。先生は、ちゃんと話を最後まできいてくれて見捨てることなく、受け入れてくれて。自分の存在そのものを肯定してくれる人がいることがわかったことで、また前を向けるようになりました。今もその先生には人生の転機があるときは相談に行きます。

――「頑張る障がい者」のイメージに疲れちゃう障がい者もいますよね。

ある有名な障がい者の方の講演で、「障がい者だからこそ果敢に挑め、道を切り拓くんだ」といったお話を聞く機会があって。ご本人はいいけど、障がい者がみんな頑張らなくてはいけないかというとそれは違うなと。健常者がそうであるように、障がい者もいろんな人生があっていいはず。それに気づいたのがここ2年ぐらいですね。障がい者の社会参加の道を開拓するというのはこれからもしていきますが、「こういう道もあるよ」といろんな可能性を示せる一例になれればと思っています。

障がい児の家族のためにもキャリアを積んでいきたい

――これからの展望は?

いずれは教育支援の研究者の道に進みたいと思っています。特に途上国の場合、教育開発や教育支援となったときにどうしても健常者が優先されてしまいます。そうではなくて、障がい者こそ、専門家の教育が必要なんですよね。障がい児の家族は子どもをどうやって教育したらよいのいか戸惑って、結果的に捨てるということにもなりかねない。教科科目の教育だけではなく、生活スキルなど生きていくためのスキルも学校で学ぶことの意義はとても大きいです。障がい児教育の大切さを証明できるような研究をしたいと思っています。

クラウドファンディングに挑戦中!
フィリピンで唯一高校卒業までの教育を提供している国立盲学校の教師らと石田さんが立ち上げたプロジェクトです。資金は廃車同然まで老朽化したミニバスの購入と、朝から室温が30度後半を超えてしまう学生寮の屋根の修繕にあてます。
「教育環境を整え、この盲学校の子たちが社会で働いたり、大学進学したりすることが増えれば、親や社会の意識も変わるはず」(石田さん)
https://readyfor.jp/projects/ftcj_phspd

多様性が認められる国づくりのためには「弱者」が力をつけ、発信力を得ることが欠かせません。昨今、人権問題が注目される同国において、より意義のある取り組みだと思います。(桐田)

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