地方フリーランス生活

February 13 2017

"あこがれ感に溢れた社会活動"を目指すプロジェクトデザイナー、コンセプター@千葉県

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地方で働くってどんな感じ? 地域ならではのフリーランス事情を知りたい!
「地方フリーランス生活」では、自分らしいスタイルで働く地方フリーランサーに、地方で活動することのメリットやデメリットのほか、日頃心がけていることなどを伺います。今回は、千葉県で活動されているプロジェクトデザイナー、コンセプターの藤田香織さんにお話をお聞きしました。

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プロフィール

活動地域 千葉県
フリーランス歴 10年
職種 プロジェクトデザイナー、コンセプター
経歴

アートやデザインによる"あこがれ感に溢れた社会活動"実現のため2003年8月、23歳の時にフレンドリーデーインターナショナルを設立。アーティスト、デザイナーと共にさまざまなイベントやプロジェクトを展開している。主なプロジェクトに、世界中みんなが仲良くする日「フレンドリーデー」と、新品なのに捨てられてしまうTシャツを回収しリユースする「リユースTシャツ」がある。三児の母。

フレンドリーデーのウェブサイトはこちらから>>
リユースTシャツのウェブサイトはこちらから>>

フリーランスになる前は、どのような仕事をされていましたか?

大学卒業後、ドイツで働こうとしていたのですが、株式会社スーパープランニングが展開しているソシアルキャラクター「ミスター・フレンドリー」との出会いをきっかけに渡独を辞退。代官山にある同社にCSR事業の担当として入社し、フレンドリーデーインターナショナルを立ち上げて社会・環境問題に関わる様々なプロジェクトを企画運営しました。ここで何年か働いた後、結婚を機に九十九里に移住することになったので、そのまま独立しました。

なぜ、フレンドリーデーインターナショナルを立ち上げようと思ったのですか?

高校生のときに、オーストラリア人の高校生のホストシスターを経験したのですが、友だち、ファッション、音楽、恋などの話をするが本当に楽しくて、国と国は難しくても、人と人なら世界中の人同士繋がれるのではないか、と国際交流に興味を持つようになりました。その後、社会活動や環境問題にも関心を持つようになったのですが、当時、そういった活動は一生懸命だけど"あこがれ感"少ないな、と感じていました。

それで「社会活動はダサいもの」という考えを持っていたかつての自分を含め、日本人のチャリティに対するギコチナサをナメラカにしたい、アートやデザインによる"あこがれ感に溢れた社会活動"をやってみたい、と思うようになり、それを実現するために「フレンドリーデーインターナショナル」を立ち上げました。

現在のお仕事内容を教えてください。

フレンドリーデーインターナショナルが提唱している、世界中のみんなが仲良くする日「フレンドリーデー」の企画、運営をしています。毎年、4月14日のフレンドリーデーの前後には、各地でさまざまなイベントを企画、展開しています。

また、新品なのに捨てられてしまうTシャツを回収し、裏返しにしてデザインを載せて生まれ変わらせる「リユースTシャツプロジェクトを企画、展開しています。どちらのプロジェクトも、今年で15周年を迎えます。

その他には、千葉県九十九里エリアの住民コミュニティ「コレカラ99」、ネクタイのリユース事業「RETIES(リタイズ)」、産前産後の女性たちを支援する事業「SANZEN-SANGO ~セルフケアとおいしいごはん~」などを企画、運営しています。家業であるコテージ運営も一部、手伝っています。

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リユースTシャツプロジェクトのブースを出展中。

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リユースTシャツプロジェクトに関する対談をしています。

働く土地を変えたことで、働き方やライフスタイル等の変化はありましたか?

ここに来てからは、太陽と共に起き、地元のものを食べ、日没と共に寝る生活をしていて、太陽と大地と共に生活しているなあ、感じています。代官山で働いていた頃は、19時は落ち着いて事務仕事をスタートする時間でした。今、19時はお風呂に入って明日の準備をする時間です。

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近所の海にて。

現在の土地で仕事をはじめるにあたって、苦労したことはありますか?また、軌道に乗るまでに、どのくらいの期間かかりましたか?

わたし自身が、この土地や風土、慣習に慣れるまで3年かかりました。私は、結婚は望んでいたものの、住む場所を選べなかったんです。移住当初は東京との違いに戸惑いました。「コーヒーを飲めるカフェがない」「スーパーに歩いて行かれない」といつもないものを見つけては、文句ばかり言う生活。友人たちが遊びに来てくれた後、東京方面に帰っていく後ろ姿に涙した日もありました。子どもができても、毎週末実家に帰っていました。

そんな中「ない」ものばかりではなく、ここに「ある」ものに目を向けよう、と気持ちの持ち方を変え息子を連れて、知らない地元を歩き回りました。一人と出会い、その方にまた一人を紹介してもらい...地元でさまざまな活動をしている方々とつながっていくうちに、「九十九里にも十分あるじゃん!!!」とここでの生活を楽しめるようになりました。友人もたくさんできました。わたしの仕事に共感してくださる方々にもたくさん出会いました。そして、この土地自体が好きになり、地元を活性化するプロジェクトに携わり始め、さらに面白いつながりがたくさんできました。今では、町の創生委員としても活動しています。

その土地ならではの慣習がわからず苦労した、失敗したというエピソードがあれば、教えてください。

部落付き合い。そもそも「部落」という言葉を知らなくて...。

赤ちゃんができたら「無事に生まれますように」と、生まれたら「元気に育ちますように」と祈る集まりがあります。女性たちの集まりで、とても意義のあるものですが、そのコミュニティにどうやって入っていったらいいか、当時は戸惑いました。義理の母がひとつひとつ丁寧に教え、フォローをしてくれたので大きな失敗はありませんでした。

地元と地元以外のクライアントの割合をお聞かせください。

首都圏:地元=5:5

現在、仕事はどのように取ってきますか? 営業スタイルなど工夫はございますか?

現在は、小学生と3歳の双子の子育て真っ最中ということもあり、積極的に営業はしていません。しかし、フェイスブックはまめに更新するようにしています。自分の暮らしを見せることで、自分自身に興味関心を持ってもらい、その後、わたしの進めている各プロジェクトにも興味を持ってもらえるようにしたいな、と思っています。

遠方のクライアントとスムーズに仕事をするために心がけていることはありますか。

メールは、まめに、しかも細かくやり取りするように意識しています。ミーティングは、スカイプやハングアウトでおこなっています。都内にも1か月に1度ぐらいは行っています。

現在の土地で働くことを選んでよかったこと、悪かったことは?

最初は自ら望んだ移住ではなかったのですが、今はこの暮らしを気に入っています。季節ごとに咲く花、雲の形、風の匂い...家族と季節を感じながら暮らし、仕事ができること、それが何よりの喜びです。

悪かったことは、あまりないのですが...あえて挙げるとすれば、文化に触れる機会が少ない、ということかな。だけど、機会が少なければ自ら求めて動けばいいだけなので、ウィークポイントとは感じていません。

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近所の風景。

今お住まいの場所ならではの、仕事の合間のリフレッシュ方法は?

A 1つは、日常的なピクニックです。天気のいい日は、ごはんを外に持ち出してピクニックをしています。それだけで、子どもたちはもりもり食べるし、季節の風も、鳥の鳴き声も感じられて、心身共にリフレッシュできます。

もう1つは、子どもたちと義母が丁寧に作ってくれている野菜畑に行き、収穫することです。その野菜で一緒に料理もします。海沿いをドライブするのも好きです。

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デッキでのピクニック。

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畑にて。

今後の目標をお聞かせください。

A 各プロジェクトをもう少し骨太に仕上げて、その後、思いのある方々に引き継いでいきたいと思っています。さまざまな社会問題の解決策を、私なりの視点とやり方でデザインし、軌道に乗せたらまた次のプロジェクトへ、という風に仕事をしていきたいです。

それから、子どもたちがもう少し成長したら、再スタートしたいプロジェクトがあります。今は、それに向けてひたすら情報収集し、整理する時期かな、と考えています。

最後に、地方で働くことに興味のあるフリーランサーへ、メッセージをお願いします。

A 今は首都圏でも郊外でも情報は同じだけ入ってくるし、求めれば求めただけのことができます。ひと昔前の「ここは田舎だから...」という嘆きを込めた言葉は、現代では必要なし。その人次第で、どこに住んでも自分が求めるクオリティの暮らしができると思っています。太陽と大地と共に仕事ができる豊かさ。一度、これを体感してしまうと病みつきになりますよ。最初は、あんなに慣れなかったわたしでさえ「これからは一生、地方で生活したいな」なんて思っているところです。

※この連載のバックナンバーはこちらからご覧ください。

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