身長115cmのイラストレーター。かわいく、そして堂々と生きていきたい

201703_kirita_top.jpg

後藤仁美さん(27歳)は、先天性の軟骨無形成症で身長が115cmです。幼いころから絵を描くこととおしゃれが大好きで、高校を卒業後は服飾関係の大学へ進学。中退後、イラストとデザインの専門学校を卒業しました。現在はフリーのイラストレーター・デザイナーとして働きながら、週の半分を洋服関係の会社に勤務し、広報の仕事を担当しています。また、その小さなからだを活かして、さまざまなマイノリティな人たちが出演するショーで、モデルとしても活躍しています。
かわいらしい見た目の後藤さんですが「いつか自分のような"(軟骨無形成症の)小さい人"と社会との懸け橋になれるような人間になりたい」という言葉に、その行動力を支える芯の強さを感じました。

大好きな絵を描くこととおしゃれを仕事に

――フリーのイラストレーター・デザイナーとしてどのようなお仕事をされていますか?

名刺づくりや、コンサートなどのイベントのチラシやプログラムをつくるお仕事が多いです。これはフリーになった当初からですね。母が自宅でピアノ教室をしていたり、私がバンドをしていたりしてその関係から広がって、音楽関係の個人の方や事務所などからお仕事をいただくことが多いです。あとは、1年前から、主に保健室の先生たちが読んでくださっている雑誌『保健室』の表紙のイラストも描かせていただいています。

201703_kirita_1.jpg

後藤さんのイラスト。赤の油性ペンだけで描いたこちらの作品は国立新美術館での作品展に展示したことも。

――イラストは後藤さんの見た目を裏切らない、かわいいテイストのものが多いですね。

ありがとうございます。見た人が楽しい気分になれるようなものを描くのが好きです。かわいくて、細かくて、明るい色をたくさん使った絵を描いています。

――今はフリーのお仕事以外にファッション関係の会社に勤めていらっしゃる?

2年前から、アン・コトンという洋服のお直しを行っている会社で、週3、4日働いています。店頭に置くPOPや社内報、お客様に配る印刷物の制作を主に担当しています。実は今、アン・コトンでMADAM M(マダム・エム)という、LGBTなどのセクシャル・マイノリティな方たちの洋服のお直しをネットで受け付けるサービスを始めていて、そのメンバーの一人としてお仕事もさせていただいています。店舗に足を運びにくい方も、ネットでのやりとりだけでお直しやリメイクを依頼できて、自分が着たい洋服でおしゃれを楽しんでもらいたいというコンセプトです。私自身も、自分のような小さな体型に合った洋服をつくりたいという思いがあったので、すごく勉強させていただいています。

201703_kirita_2.jpg

2014年、軟骨無形成症の人に向けて、靴のブランドChibii'sを自ら立ち上げた。現在、新たな靴のブランドの立ち上げに向けて準備中。

――アン・コトンとフリーランスとしてのお仕事の収入の割合は?

イベントごとが多い秋はフリーランスとしてのお仕事のほうが多いのですが、年間を通してだと、半々か、少しアン・コトンが多いです。

積極的にいろんな場に参加することで仕事にもつながる

――お仕事のほかに様々なショーでモデル活動もされていますね。

おしゃれをして人前にでることが好きな私の性格を知って声をかけていただくことが多いです。こちらはほぼボランティアですが、そこでできたご縁でお仕事をいただくこともありますよ。

201703_kirita_3.jpg

昨年10月に東京で開催された世界で一番モデルの平均身長が小さい国際的なファッションショー「The International Dwarf Fashion Show」に出演

201703_kirita_4.jpg

今年1月には、千葉市が主催するバリアフリー・ファッションショー「チバフリ」に出演

――紹介でお仕事をもらうことが多いのですか?

出版社等に自分のイラストを売り込むスタイルの営業をしたことがなくて。モデル活動のほかにも、NPO法人ユニバーサルファッション協会などいろいろな団体に所属していて、たくさんの知り合いがいて。そういったご縁からお話をいただくことがほとんどです。2015年に神楽坂で個展を開いたのですが、それも、たまたま友人に誘われて展示を見に行ったらそこのギャラリーのオーナーが私の絵を気に入ってくださって、個展を開催させていただきました。個展をしたことにより、そこからまた仕事へ繋がるお話もありました。ほんと、人とのつながりに感謝しています。

――でも、それだとフリーの間でよく聞く「知り合いからの依頼仕事の値段設定」で悩みそうですね......。

そうなんです!! それが今一番悩んでいるところで。でもそこからまたご縁が広がったりもしますし......。うーん、リズムーンの先輩方、ご教示ください(笑)!

当たり前のこととして私たちの存在を知ってもらいたい

――ブログやSNSを活用したり、モデルとして活動したりと情報発信に精力的です。その活動の動機は?

自分が発信することで"小さい人"が自分もいろんなことができるのだと感じてもらいたいという思いから始めました。ブログやSNSで、特に軟骨無形成症のお子さんをもつ親御さんから育て方や将来についての質問やメッセージをいただくことが多くて。当事者の方や親御さんに自信や希望をもってもらいたいという思いが一番大きいです。

――自分をさらけ出すというか、人前に出るのに不安はなかったですか?

最初は少し怖かったですね。でも、幼いころから目立つことや踊ったりすることが好きでアイドルの真似をして踊って、それを見た父や母が「かわいいね」とすごく喜んでくれました。あとは、軟骨無形成症ということで病院に通うことはしていなくて。そういう時間よりも笑顔でいられる時間を作ってあげたい、そして人とのつながりを大切にしてほしいという両親の考えがあったようで、幼い頃からいろんな場所や人に会いに遊びに連れて行ってくれて。そのおかげかもしれませんね。

――SNSを見ていて、後藤さんは「自分のかわいさを『ウリ』にしているな」と感じました(笑)。一方"小さな体"をコンプレックスにしがちな当事者の方も多いと思います。

ありがとうございます(笑)。この年になっても「かわいい」と言ってもらえるって、"小さな体"の特権だと思っていて。もともとかわいいものが好きなのもあって、開き直るではないのですが、受け入れて自分の武器にしようと。
ハロウィーンに軟骨無形成症の友人たちでディズニーランドに7人の小人の格好をして出かけたことがあって。きっかけは、私服で5人ぐらいでディズニーランドに行ったら、すごく目立ったんです。私服なのに(笑)。どうせ目立つなら、自分たちにしかできないことしようと思いつきました。じゃあ「リアル7人の小人」するしかないって(笑)。私と友達で衣装をつくりました。キャストの人たちもびっくり、そして感動してくれました。友人たちもすごく楽しんでくれて。殻を破る第一歩になったかなと思います。

201703_kirita_5.jpg

手作りの衣装で友人たちと東京ディズニーランドへ。

――街中で"小さい人"は、まだ少数で目立つ存在ではありますよね。

一瞬ちらっと見られることは多いですね。それは、別に気にならないのですが、時々見過ぎる人がいて。怖い思いをするときもあります。あとは子どもが「あの人、おとな? 子ども?」って。すごく謎の人間なんでしょうね(笑)。一緒にいる親御さんの反応が「見ちゃダメ」だけで終わっちゃう方がいてそれは悲しい気持ちになります。「そういう人もいるんだよ」と簡単でもいいので説明してもらえたら。私も聞かれたら答えます! いろんな人がいる、当たり前のこととして私たちの存在を知ってもらえたらな、と思います。

あきらめること、自信のないことに慣れないで


――これからやりたいことは?

絵はずっと描き続けていきたいです。そして、いつか絵を見るだけで「後藤仁美の絵」とわかってもらえるぐらいの絵描きになりたいです。ファッションでは、自分やいろいろなマイノリティな人たちの体型に合う洋服をつくる勉強を続けて、近い将来、ブランドをつくりたいです。絵描きとファッションを軸として、モデルもお声がかかる限りやっていきたいです。そして、もっと成長して、目標は「軟骨無形成症の星」になること!

――後藤さんの活動で"小さい人"の可能性を広げたいという思いがあるんですね。

私たちのからだって、あんまり運動をしちゃだめ、無理しちゃダメ、って言われているんです。だから、いろいろなことをあきらめることに慣れてしまっている人も多いように感じています。でも、私はバンドでドラム叩いてますし、空手やったり、縄跳びで小学校のとき校内で1位になったりしたこともあるんですよ。もちろん、からだの状態は人それぞれですが、自分たちのできる範囲のなかでも、一度きりの人生ですから「このからだだからだめ」じゃなくて、やりたいことをやったら良いんじゃないかなって。これからも精一杯自分なりに輝いて、そしてかわいく(笑)、生きていきたいと思います。

・ブログ「115cm、ちびたのミニマムライフ」http://ameblo.jp/minimaruko15
・インスタグラム https://www.instagram.com/chibita_115/
・ウェブストア「CHIBITA」http://chibita-store.com/

桐田 さえ

Writer 桐田 さえ

出版社等に勤務後、2013年よりフリーランスのライター・編集者に。また、産後3か月で社会福祉士を取得。現在は、当事者や専門家、高齢者施設等を取材し、主に障がいや介護に関する記事や実用書、専門書のお仕事が中心。子どものときに、おたふく風邪による難聴(ムンプス難聴)で片耳を失聴した。一女の母。

桐田 さえさんの記事一覧はこちら