「障がい者」のイメージを豊かに

August 28 2017

「左側には全裸の義母」!? 笑えて涙する高次脳機能障がいの闘病記『脳が壊れた』

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家族や友人が、急に人が変わったように怒りっぽくなったり、やる気がなくなったり、忘れっぽくなったり......。このような変化の原因が脳の損傷にあるものが高次脳機能障がいです。損傷を受ける原因は脳卒中が最も多く、交通事故などによる脳の外傷などが続きます。
高次脳機能障がいは、損傷を受けた脳の場所や重症度によって、現れる症状やその程度が異なり、多くの場合は複数の症状が重なっています。そのため、その障がい像は複雑で個人差が大きく、また、見た目でわかりづらいため、周囲から障がいを理解されにくいという特徴があります。
長い間「見過ごされた障がい」として、支援の外にありましたが、家族会の声に端を発し、当事者や家族を取り巻く環境は、この十数年で大きく変化しつつあります。しかし、他の障がいに比べてまだ認知度が低く、理解の輪が十分広がっているとはいえません。

そんなもっと多くの人に知ってもらいたい高次脳機能障がいについて、クスッと笑えて、そして涙しながら理解が深まる『脳が壊れた』をご紹介します。

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あらすじ

著者の鈴木大介氏は、「子どもと女性・若者の貧困問題」をテーマに取材執筆活動を行うフリーのルポライターです。2015年、鈴木氏は突然の脳梗塞に襲われます。41歳でした。
一命は取りとめ、見た目は「健常者」の域まで回復しますが、「トイレの個室に現れた老紳士」「左側には全裸の義母」「右前方無差別メンチ病」といった「怪現象」が鈴木氏を襲います。実は、それらは「高次脳機能障がい」がもたらした症状でした。
そんな高次脳機能障がいになった自分の姿が、かつての取材対象者である家出少女や詐欺集団など、社会からこぼれ落ちた人々と重なることに気づきます。
「世の中にはいったいどれほどの数の『言葉も出ずに苦しんでいる』人々がいるのだろうか」
「苦しみを他者に伝えられないこと、他者によってその苦しみが『ないこと』にされるのがこんなにも残酷でつらいということも、僕が今回高次脳という障がいの当事者となって初めて知ったことでした」
そして、高次脳機能障がい者や共通する部分も多い「生きづらい人たち」の苦しみを言語化するため、入院病棟のベッドの上で執筆を始めます。

高次脳機能障がいでどんな変化が起こる?

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「高次」とは「高いレベル」という意味で、「高次脳機能」とは、感情をコントロールしたり、意識を集中させたり、ものごとを計画して実行したりといった、高いレベルの脳機能のことをいいます。
高次脳機能障がいで見られるさまざまな症状の一部が下記になります。

易疲労性(いひろうせい):
肉体的にではなく、精神的に疲れやすくなる。脳を損傷したことで、脳に酸素が供給されにくくなったために生じる
関連部位:大脳全体と脳幹

脱抑制:
おだやかだった性格の人が、人が変わったようにキレやすくなる、突然笑いだしたり、泣き出したりと、あらゆる感情が出やすい「感情失禁」の状態
関連部位:前頭葉

意欲・発動性の低下:
話す・動く・考えるなどの行為を、自分から始めることができない状態
関連部位:前頭葉

注意障がい:
集中を持続することや、注意して必要な情報を選び出すことも苦手になっている、注意力の低下がみられる状態
関連部位:前頭葉、脳幹

失語:
文字の読み書きや、言葉を聞いたり話したりすること、言葉の意味を理解することなどが難しく言葉をあつかうことが困難な状態
関連部位:前頭葉、頭頂葉、側頭葉

半側空間無視:
見えているのに視野の右か左の半分の空間を認識できない状態
関連部位:前頭葉、頭頂葉、側頭葉

記憶障がい:
新しい記憶を獲得し、保持して、必要な時に引き出すことができない状態。脳損傷に伴う後遺症として非常によくみられる。
関連部位:前頭葉、側頭葉

遂行機能障がい/判断力の低下:
計画する、問題を解決する、推察するなど、最も高いレベルの脳機能を必要とすることが難しくなる
関連部位:前頭葉

プロのライターであり、当事者となった自分がすべきこと

鈴木氏が発病直後から自らに課したテーマは「当事者認識を言語化する」ことでした。

僕の仕事は取材記者です。しかもその取材執筆のテーマは一貫して、主に社会的に発言の機会を与えられない弱者を取材し、彼らの声なき声を代弁するというものでした。そんな僕にとって、高次脳を負うということは、実は僥倖でもありました。
というのも、僕は脳梗塞の結果として高次脳となりましたが、その当事者意識は、先天的・後天的問わず様々な原因で脳に機能障害を持つ人々と、大きく符合する部分があるようなのです。自身の中で障がいが見えてくるにしたがって、僕は多くの既視感を感じることになりました

本書では、「半側空間無視」を「左側には全裸の義母」、「脱抑制」を「中二病女子的言語亢進症候群」などと、「高次脳機能障がい」による症状を鈴木氏独自の少し笑える言葉で表現されています。

深刻で「ネタ」にしづらい内容を少し笑える言葉で表現できるのは、プロのライターだからこそ、そして当事者になったからこそできることでした。

障がいをもった自分を受け入れてくれる「誰か」の存在

見た目で分かりづらい高次脳機能障がいは孤独を抱えがちで、うつ病の併発やその後の自殺率も高くなるともいわれています。
鈴木氏には、理解のある妻と義母、友人といった人たちが「いろいろな距離感にいる応援団」として支えてくれました。
そして「もしあなたの近くに、孤独な当事者(高次脳や脳疾患者)がいるならば、もしその人があなたにとって人知れず自殺なんかされたら悲しくなってしまう相手ならば、まず『行動』してほしい」と、「応援団」の重要性を訴えます。

もしかしたらその人も、面倒くさい鈴木大介と同様に、最も身近な人々(※鈴木氏の場合は実の両親)に頼れない人かもしれない。恵まれた鈴木大介と違って頼れる奥さんはいないし友だちにも恵まれていないかもしれない。苦しみを具体的に言語化することは多くの人にとって非常に難しいことだから、できなくて当然だ。
「してほしいことある?」と聞かずに一方的にやってくれることが、ようやく助けての声を絞り出すためのプロセスになる。
何より、あたたかくてありがたいのだ。

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本書を読んで、言語化できず、見た目で理解されず、苦しんでいる人たちがたくさんいることを改めて気づかされました。
障がいをもって、今までできていたことができなくなった自分を受け入れてくれる存在は、とても、とてもっ...!大きいです。その存在のおかげで「できなくなったことはあるけど、じゃあ自分にできることをやろう」と人生をあきらめずに前を向けるのです。

障がいをもった大切な人の変化に苦しむ人たちにとっても、その苦しみを緩和し、寄り添うためのヒントをもらえる、あたたかい1冊だと思います。

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