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October 15 2012

Vol.80 バイリンガル英会話スクール経営 野田麻衣子さん

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Profile

アメリカ、イリノイ州の高校卒業後、日本に戻りフェリス女子学院大学文学部英文科を卒業。インターナショナルスクールのプリスクールでの勤務経験を活かし、2001年4月に福島県郡山市にフェニックスイングリッシュスクールを開校する。第二言語として英語を教授できる資格「TESOL」と保育士の免許を保有し、英語教育および保育の両方のアドバイスや留学カウンセリングを行っている。並行して、早稲田大学人間科学学術大学院発達行動学研究室にて母子関係を中心とした研究に携わり、2011年に修士号を取得。同年11月に栃木県宇都宮市に宇都宮校を開校。

野田麻衣子さんのサイト
「フェニックスイングリッシュスクール」

要望にひとつずつ応えることで事業を拡大

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講師はすべてネイティブのアメリカ人。子どもたちが楽しい気持ちになるようカラフルに飾られた室内で英語だけで授業が行われる。テキストもあるが、ゲームや工作、理科の実験なども行う。子どもたちは好奇心を刺激される授業に夢中になり、遊び感覚で英語を身につけていく。

柔らかな物腰で言葉を選びながらていねいに話してくれた野田麻衣子さん。"通うとバイリンガルになれる"と評判の幼児に特化した英会話スクールを福島県郡山市と栃木県宇都宮市で経営している。その忙しい日々の合間をぬっては上京し、ビジネススクールへ。常に学び続ける向学心あふれる彼女は、ぱっと見た目の穏やかな雰囲気からは意外に思えるくらい、活動的でバイタリティーにあふれている。

野田さんは、ほぼ年子の3人きょうだいの長子。なんと3人全員が、単身でアメリカの高校に進学・卒業している。「幼い頃から『これからは世界に目を向けるべきだ』とオーディオ関連会社を営む父から聞かされていた影響もあって、アメリカの高校を卒業した後は日本の大学に進みました。せっかく身につけた英語を使いたいと思い、インターナショナルスクールのプレスクールでアルバイトを始めたんです」

しかし働いているうちに野田さんの中にある想いが芽生え始める。「もっと子どもたちのために授業がしたい、もっと親御さんの要望に応えられたらいいのに......」 。ある日、実家で愚痴をこぼしたところ、『じゃあ、自分でやってみたら』と父からは意外な反応が。ちょうど自宅の敷地内にある小さな建物が使われていなかったこともあり、そこを借りて、トントン拍子で幼児向けの英会話スクールを開校することになった。このとき、野田さんはわずか27歳だった。

オープン当初は週に1回の英会話スクールだったが、保護者から「毎日通えるようにして欲しい」と頼まれた野田さんは、平日毎日3時間通える学童スタイルに切り替え、そのタイミングで、個人事業主から有限会社へと変更した。近場に競合するスクールがなかったこともあり、クチコミで順調に生徒が増え、最盛期には生徒数は100人を越えた。教室が足りなくなって建物を増築したり、地元の私立幼稚園のスクールバスが停車するようになったほどの人気ぶりだったという。しかし、あの大地震の日を境に状況が一変してしまう。

スクールを続けることが、私にできる復興支援だと思った

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言葉は、文化や歴史という背景があって形成される生き物のようなもの。だからこそ、「ネイティブ講師から生きた英語を学ぶ」というのが、スクールのゆずれないポリシーのひとつでもある。

運命の3月11日、野田さんは郡山にいた。地震の揺れは本当にすごかったが、それよりも原子力発電所の事故の影響が大きく影を落とす。福島県から文字通り、人の姿が消えたのだ。今後どうすればいいのか思い悩んだが、帰国する外国人が多い中、日本に留まってくれた講師のためにも、思い切り外で遊べなくなった子どもたちの居場所となるためにも、一日も早く日常を取り戻すべきだと野田さんは決意する。震災から1ヶ月後、県内の小学校が授業を再開するのに合わせてスクールを再開した。


「スクール再開のお知らせをしたら、当時通っていた世帯の数%としか連絡がとれなくて。スクールを続けるべきか真剣に悩みましたが、残った生徒さんがいるならスクールを続けることが私にできる復興支援だと思いました。こういう時だからこそ授業をしようと言ってくれたスタッフの熱意も勇気を与えてくれました」。放射線の影響を配慮して外遊びのカリキュラムを変更したり、スタッフ数を調整するなど経営面でも踏ん張ったかいがあって、今は生徒数は徐々に回復している。

しばらくして、野田さんは、栃木県宇都宮市に避難した保護者から「宇都宮でもぜひ教室を開いて欲しい」というメールをもらう。それをきっかけに、宇都宮に2校目を作ろうと動き始める。「郡山は教室として使える場所が最初からあったし、地元なので土地勘もあり、知人もたくさんいました。宇都宮は弟が住んでいますが、まったく新しい場所でビジネスとしてゼロから作らないといけない。大変だけれどチャレンジしようと思いました」

宇都宮は地域性や通ってくれる生徒さんの年齢、時間帯が全く違うため、郡山でのノウハウがそのままでは通用しない。保護者の意見を取り入れたり、マーケティングや経営の知識を活かしながら工夫を重ね、クチコミで生徒数も増え始めた。中期的に3年くらいかけて宇都宮校を育てていくつもりだという。

成人した生徒とお酒を飲む日を夢見て

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取材は、野田さんの義弟が経営している恵比寿の和食店「雨後晴」で行われた。「ここで食事をすると元気が出ます。隠れ家のような素敵な店内でいただく、食材と器にこだわった和食は最高! 妹にも会えますし、経営経験が豊かな義弟と話をするのも楽しみなんです」

歌やダンス、ゲームや手遊びなどを通じて英語に慣れ親しみ、ハロウィンやクリスマスなどの異文化を体験しながら楽しく学ぶ子どもたちは、次第に魔法がかかったように英語を話し始める。ただ話せるだけではない。2012年の実績では、小学校2年生で海外留学や社会人の一般的な英語力の目安となる英検2級に合格した子どももいる。開校から10年たち、当時2歳だった生徒さんが今年中学校に進学。またもや保護者からの要望に応える形で、野田さんはこの春から中学生のクラスもオープンさせた。


震災の影響はあるが、着実に事業を発展させている野田さんには2つの夢がある。1つは、スクールに通っている生徒たちが大人になったら、お酒を飲みながら小さい頃の懐かしい話や近況を語り合うこと。「お子さんによっては2歳から成長を見ているので、もう親のような心境ですよね。英語はコミュニケーションのツールに過ぎません。英語を使えることで自分の視野や可能性、仕事の幅や活躍の場を広げ、人種や国籍で判断しないグローバルな視点を持った人になって欲しいですね」

2つめの夢は、福島・栃木以外の土地でスクールを開くこと。成功した女性経営者の講演会に行くと、スクールを全国展開できたら...という野望が芽生えるが、その反面、すべての生徒と顔を合わせられなくなるだろうことに寂しさを感じ、「駅前留学のような形で全国に広げるのは自分向きではないのかも」と笑いながら話す野田さん。近所にフェニックスのような英会話スクールがあったら子どもを通わせたい、いや、自分が通いたい。そんな顧客に支えられて、野田さんはこれからもスクールを成長させ、夢をかなえることだろう。

野田さんのお仕事道具

vol80_4スクールに行けば何でも揃っているので、持ち歩いている仕事道具は、スマートフォンと名刺入れ、電子辞書くらい。スケジュール管理は全部スマートフォンで行っている。勉強中のノートや宿題もいつもバッグの中に。隙間時間を活用してつねに学びを続けている。

ある一日のスケジュール

06:00 起床、身支度、朝食
07:00 ニュースを見ながら準備、メールチェックなど
08:00 スクールの準備
09:00 2歳からの未就園児クラス開始。授業中はクラスの様子をチェックしたり、体験入学者の案内や保護者からの問い合わせの対応などを行う
12:00 昼食
14:30 未就園児クラス終了、幼稚園児クラス開始
15:00 小学生低学年クラス開始
17:00 幼稚園児クラス終了、小学生高学年クラス開始
18:00 小学生低学年クラス終了
19:00 小学生高学年クラス終了
20:00 ジムでピラティスやトレーニングを行い汗を流す。気分転換もかねて行ける時はほぼ毎日通う
21:00 帰宅、夕食
21:30 読書、ニュースを見る
22:00 入浴、リラックスタイム。お気に入りのアロマを香らせるのも好き
24:00 就寝

ピンチもこれがあればOK!私の最終兵器はコレ

野田さんのデスクの周りには、これまでもらった生徒さんからの手紙や絵などが重なるように貼られている。「手紙をもらうと嬉しくって捨てられないんですよ。仕事中に見て元気をもらっています」。中でも写真の手紙は、生徒さんから初めてもらった手紙。財布に入れていつも持ち歩いている、とびきりの宝物だ。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

スクールをよりよくするために心がけていることは?
生徒数をやみくもに増やすのではなく、お預かりした以上は全員をバイリンガルにしたいので、一人一人に目が行き届くように定員を決めて運営しています。また、保護者と講師と私の三者面談を定期的に行っています。スクールを客観視できるよい機会なので楽しみな時間でもありますね。いただいたクレームは真摯に受け止め、できることは最大限に努力して対応しています。
スクールを始める時にどんな準備しましたか?
心配事を並べると結局何もできないし悩みだすときりがないので、私はできるだけポジティブに考えるようにしています。普通は用意や準備をしてからビジネスを始めると思いますが、私は「やりたい」という気持ちだけで始めてしまったので、いろいろと進めていく中で必要な資格や自分に欠けているものを補っていきました。スクールを経営しながら保育士の資格を取得したり大学院に通ったり。今通っているビジネススクールで学んだことも事業に役立てていきたいです。
授業内容はどうやって決めたのですか?
カリキュラムはすべて私が作っています。私は子どもの頃の記憶がはっきりと残っているので、「自分が子どもだったら楽しいかどうか」を考えてアイディアを出し、授業でのフィードバックや大学院で学んだことなども積極的に内容に取り入れています。授業内容はある程度マニュアル化されていますが、先生の素質を見極めて得意な分野を伸ばしたり、先生のカラーが出るようにアドバイスしながら授業をしてもらっています。
仕事のボリュームコントロールはどのようにしていますか?
どうしても仕事とプライベートの境目がなくなってしまいがち。休日買い物に出かけてもスクールのものを買ってしまいますが、好きなことをやっているのでストレスはないし楽しいので気になりません。福島にいる時はドライブが気分転換になっていますね。開校して4~5年目から自分の体調を崩さないために季節に1回1週間のお休みをいただき、旅行をかねて海外視察に行っています。最近は大学院の同級生の招きでベトナムの幼稚園と語学学校などを見てきました。
野田さんのような働き方を目指す人への応援メッセージをお願いします!
人に興味を持って人を好きにならないと仕事が成り立ちません。人を雇うにしても生徒さんと関わるにしても、相手をひとりの人として見ていかないといけない。子ども向けの仕事をするなら、子どもが好きなことが大前提。また、自分の要望とマッチする人を雇うためには、表面からは見えない細部も意識して、相手の奥の奥まで見極めようと意識して面接する必要がありますね。

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