クリエイター

November 07 2014

Vol.94 商業書道家 野口倫さん

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Profile

商業書道家。宮崎生まれ福岡育ち。幼少期より古典書道を修める。2001年に上京、商業書道と出会う。同年、商業書道家としての仕事を開始。2007年に拠点を福岡に移し、2011年より一般向けの書道レッスンを始める。2014年春からは再び東京に拠点を移し、東京と福岡を往復しながら活動を続けている。
野口さんのサイト「週刊少年Runway ring」

偶然出合った自分の特技をいかせる仕事

商品パッケージやチラシ、メニューやロゴ。普通に生活していると見過ごしてしまうが、筆文字は生活のあらゆる場面で使われている。私たちは文字を見るとき、その文字の雰囲気からも何かしらのイメージを抱く。そこで、クライアントが表現したいコンセプトを伝わりやすくするよう、筆文字をデザインするのが、商業書道家の仕事だ。文字を描いた後にコンピューターでの加工が入る商業書道は、古典書道と比べると、かなり新しいジャンルといえる。

野口さんは幼い頃から古典書道を厳しく仕込まれ、書道家としての活躍も期待されていた。そんな書道歴の長い野口さんも商業書道の存在は大人になるまで知らなかったという。

「書道の練習は厳しい指導に泣きながらも毎晩遅い時間まで続けていました。部活の勧誘で、よく"○○部へ来れ"みたいな貼り紙がありますよね。それを小学生の頃から「字がうまいから書いて」と、よく頼まれました。そうしたチラシをつくるのが楽しくて、広告に興味をもつようになり、大きくなったら広告デザイナーになりたいと思っていました。一度は就職したものの、あきらめきれず、退職してDTPの勉強をするために専門学校に入り、広告制作会社でアルバイトを始めたんです。そこで、チラシのデザインをする時に商業書道家がつくった素材を使う機会があり、こんな仕事もあるんだと初めて知りました」

その時はすぐ商業書道に転向はせず、いつかやってみたいという気持ちをあたためたまま過ごしていた。その後、上京したのをきっかけに商業書道の勉強を始めた。

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同じ華の文字を描くにも、高級な感じでスッキリ見せるもの、かわいらしい感じに描いたものなど、これだけ表現の仕方が違う。時には書き順を変えることもある。

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ここまで自由になれるのが商業書道。Tシャツ用にデザインしたもので、筆で書いた部分は白に、背景にはカラフルな写真を使っている。文字を描き、デザインまで加えて作品として完成する。

東京を離れてもキャリアを継続

商業書道には、古典書道とは違った作法がある。達筆過ぎて読めないことがあってはならないし、商売上、縁起に配慮したりもする。商業書道のプロコースでは、そうした商業書道に求められる書き方や広告制作の流れなどを1年間ほど学んだ。勉強をはじめてすぐに、知り合いの縁で初めて仕事を受注することに。個人宅の表札を制作した。はじめのうちは、身体にしみついた古典書道の技術が出てきてしまい、下から上に向かって線を引くこともあるという商業書道の自由に描くスタイルが難しかった頃もあったという。「それでも続けていくうちにリピーターも増えてきました。自分の描いた文字が世に出ていくにつれて見て下さる方も増え、そこから徐々に仕事が増えていきました」。

仕事も軌道にのってきた7年目に、野口さんは住み慣れた福岡に戻る決意をする。広告の仕事なら東京の方が有利にも思えるが、基本的に電話で受注してメールで納品するので、どこにいても仕事はできるのだという。とはいえ、福岡に住んで東京のクライアントと仕事をするうえで、心がけていたことはあった。たとえ、距離が離れていても必ず一度はクライアントに会うようにするということだ。「まったく顔を合わせなくても仕事はできますが、やはりお顔を見てどんな方かが分かれば、その後のコミュニケーションがとりやすくなります」。

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クライアントには初めに、いくつか描き分けた文字サンプルを見せて、どんな文字を望んでいるか確認する。その提案の中に入れると、ほぼこれに決まるという大人気のフォントがこちら。残念な感じが見事に表現されているのか、「この描き方がいい」と指名がくることが多い。

書道を身近に感じてもらおうと始めたレッスン

「暮らしの中に溶けこむ文字を描きたい」という野口さんは、書道という言葉にしばられることはない。描く文字は漢字に限らず、ひらがなやカタカナ、ローマ字も。さらには、筆で描いたイラストも提供しており、どの素材からも自由に表現する楽しさが伝わってくる。筆で文字を描く楽しさを知ってほしいという思いは、2011年から始めた一般向けの書道レッスンにもつながった。手ぶらで誰でも参加できるレッスンは、おしゃべりもOKのゆるい空気だ。「お習字というと身構えてしまいがちですが、私はその緊張感をぜひ解消してほしい。だって文字を描くことは楽しいから。そこで、ルールなく自由に描くためのレッスンを始めました」

文字に上手い下手はないというのが野口さんの持論。その人の個性がでている文字が美しいと考える野口さんは、レッスンで生徒さんが思った通りに表現できると、それを"殿堂コーナー"に貼る。「ついついしゃべり倒して今日は2枚しか描かなかったという生徒さんもいらっしゃいます。それでもいい、スッキリするから。何を描きたいかを考えた時に、自分がいま何を感じているかに気付き、文字を描いて無意識に感じていたことを確かめる、それが大事なんです」。

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レッスンで、別府温泉の蒸し湯に入ったことを一生懸命はなしていたら、生徒さんに温泉のイメージが伝わり皆その文字を描き出したのだとか。卵の字は温泉卵の形にも見えてパッとイメージがわく。

文字を描くことはずっと好き

どんなに好きなことをしていても、仕事だと気分がのらないこともあるのではないか。文字を描く仕事を苦しいと思うことはないのかと尋ねてみると「筆なら何でもいいと言われたときや、表現したかったことが伝わらなかったときに、理解してもらえなくて残念だなと思うことはあります。それはいろいろなお客さんがいるし、しょうがない。でも、描くことでストレスを感じることはないです」と、キッパリ。自分の名刺を1枚1枚、手描きするほどの人だ。気分がすぐれないときも、筆さえ持てれば楽しく描ける。

野口さんの幅広い仕事の原動力になっているのは、好き・おもしろそうという気持ち。声をかけてもらい、面白いと思える仕事なら、書道家の顔を見せずに働くことさえ、あるのだという。

好きだからやる、面白そうだから挑戦してみる、そんな当たり前の行動原理を野口さんは思い出させてくれた。

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野口さんのお仕事道具を拝見!

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「最終的に文字をパソコンに取り込んでデザインしてしまうので、文字を描く時の道具は古典書道ほどこだわりません。古典書道をやっていた頃は、筆も頻繁に買い替えていましたが、今はこれでないと描けないというものはありません」。とはいえ、お気に入りの道具にはどれもほっこりするエピソードが。お母さまから譲り受けたという下敷きは80〜90年もので、使い古してかなり薄くなってしまっているものの、今も現役で大活躍。持ちやすさが気に入って買ったメルセデスベンツのペーパーウェイトは文鎮代わりに。ガラスのボウルは、硯よりもたくさん墨を入れられるところがポイント。道具の中で唯一こだわるのは紙。水分が抜けて"枯れた"紙が、味が出て良いのだそうです。

ある一日のスケジュール

06:00 起床
07:00 ストレッチ、呼吸法など
08:00

朝食

朝ドラを見ながら。お茶だけの時もあれば、バナナなどでスムージーを作る時もある。

09:00 家事
10:00

仕事開始

行程によって、文字を描く時もデザインする時もメールで連絡をする時もあり、作業時間はバラバラ。お昼も家でつくって食べることがほとんど。

17:00

夕食

相撲の大ファンなので、テレビをつけながら支度を始め、18時ぐらいには食べ始める日もある。

19:00

自由時間

文字を描き出して気分がのってしまうと、深夜まで書き続けてしまうことも。

24:00 就寝

ピンチもこれがあればOK! 私の最終兵器はコレ

20141107_noguchi_7.jpgシナモンロールを食べると元気がでます。いろいろなシナモンロールを食べましたが、三越のジョアンで売っているシナモンロールが最強です。描いた文字をデータにとりこんでデザインをする時等、神経を使うような作業になることがあります。例えば、トレースをかけた後、線がかすれてしまった、その細かいかすれを1粒1粒とるとき等は、シナモンロールの登場です(笑)。もともとパン好きですが、このパリッとした表面にしっかりかかったお砂糖と、中にレーズンの入ったジョアンのシナモンロールは特別で、3年くらい前から、がんばった後や景気付けをしたい時には、自分への差し入れのつもりで食べています。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

クライアントとは、どのようなきっかけで知り合うのでしょうか

もともと知り合いだったケースや、個人的に興味をもって出かけたイベントでお会いするケースなどさまざまです。デザイナーやWeb制作をしている友達が紹介してくれることもありますし、ブログやSNSを見て、おもしろいと声をかけて下さる方もいます。興味のあるイベントにはなるべく出かけるようにはしていますが、営業をかけるつもりで狙ってはいきません。ただ、名刺とチラシはつねに持ち歩いていて、「どういう仕事をしているの?」と聞かれたら、話ができるように準備はしています。

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2014年には知人の写真家に声をかけられ企画展にも参加。普段はクライアントあっての仕事なので、自分の表現したいことを描くというのは初めての経験。構想にはかなり時間がかかった。

オンオフはどのように切り替えていますか。

明確なオンオフの境目はありません。文字を描くことを常に考えてしまうので、何をしていても自然と文字が目に入り、こういうことをしたいと考えてしまいます。駅に行っても、テレビをつけても、生活の中のどこにでも筆文字はあるんです。ただ、中でもアイディアが一番わくのはヘアサロンです。気持ちがゆるむのか、髪を切ってもらっている時にアイディアが出て、忘れないうちに走って帰ることが多いです。

つい出てしまう職業病はありますか。

私、人が描いた文字を見たら、その人の性格が分かるんです(笑)。意外とこの人はビビリなんだなとか、こんな野性的な方なのに文字はすごく几帳面なんだなとか、文字からその人の内面が分かってしまいます。レッスンでやろうとしているのは、まさにそれ。文字を描くと、自分が意識していなかった内面に気付くことができて、心や頭のデトックスになるんです。

仕事のボリュームはどのようにコントロールしていますか?
年間で最も忙しくなるのは、年賀状シーズンの10月から12月の頭にかけて。普段は注文をいただいてから、その方に合わせて数点を書き分けてご提案しますが、年賀状に関しては10月頃にはあらかじめ、その年の干支の文字を13〜14文字ぐらい書いてしまいます。そこから気に入ったものを選んでいただき、その文字が売れたら他の方には売らないという一点売りにしています。意外と好みは重ならないもので、どの方にも満足していただいています。
自分らしく仕事をするために工夫をしていることはありますか?
正統派の古典書道も美しく素晴らしい文化で大事に受け継いでいくべきことだと思うのですが、私は、書道が由緒正しく敷居が高いものと敬遠してしまうのはもったいないと思っています。そこで、いろいろな書道の表現があるということを折にふれてアピールしています。例えば、先日参加した企画展では、和装のいかにも書道家というようなプロフィール写真ではなく、私らしさの出ている写真を使いました。また、レッスンでは生徒さんが使う道具をこちらで用意するのですが、あえて100円ショップのもので揃えて、「皆さんも帰りに気軽に道具を買って帰れますよ」とお話ししたりしています。

野口さんの書道レッスン「頭がほぐれるおきらく書道レッスン 書楽園」

・会場     福岡市博多区 他 (東京でも開催予定)

・レッスン時間 60〜90分

・料金     1回2000円+会場費

・予約方法   shorakuen@gmail.com

※会場・開催日ともに、お気軽にお問い合わせください。イベント等の出張レッスンも随時受け付けています。

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