編集・ライティング

December 14 2016

Vol.105 谷畑まゆみさん「40代で社会人大学院生になり、キャリアの軸足が2つに」

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今、ふたたび勉強しようと社会人学生になる人が増えています。そこで、今回は心理学を学ぶため大学院へ進学、現在はキャリアコンサルタント、産業カウンセラーとしても活躍されているフリーランスエディターの谷畑まゆみさんにお話を伺いました。

Profile

東京都生まれ。目白大学大学院心理学研究科現代心理学専攻修士課程修了。日本心理学会、日本社会心理学会会員、国家資格キャリアコンサルタント、産業カウンセラー。働く女性向けのファッション誌で30代女性のライフスタイルを掘り下げる連載を担当して以来、「女性の生き方」企画がライフワークに。現在は女性誌やWebメディアでの編集・執筆に加えて、国際NGO法人のオウンドメディアにおける編集コンサルティングや、カウンセラーとしても活動中。

セカンドキャリアを切り拓くための挑戦

「このままでいいのだろうかーー」

華やかな女性誌の制作に携わる編集者として、現場からも上からも頼られるプレイングマネージャー。大学院への進学を決める前の谷畑さんの状況は、人から見れば何も不安を持つことのないように思える。けれども、当時40代を前にして、ある日突然ふっと気持ちが変わった。「ここではもう、やりきったかもしれない。会社を辞めてみるのもありかな」と、最初はふわっとした思いつきだったという。

「もう少し突き詰めてみると、ぼんやりと出版不況の影が見えてきたこともあったのかもしれません。セカンドキャリアのようなものを考えないといけないのでは、と意識するようになりました」

そこで、今までの仕事で培ってきた"人の話しを聞くスキル"を活かせないものかと考え、カウンセラーの仕事を思いつく。いっそ大学院で心理学を基礎から勉強してみようと、実際に社会人入試で大学院に入学し、臨床心理士の資格を持つ新聞記者の先輩の話を聞きにいったり、知人の心理の専門家に相談してみたところ、「やってみたら」と背中を押された。

勤めていた編集プロダクションは小規模でありながら、待遇面は一般企業の同世代と遜色なかった。学費や生活費に充てる貯蓄はできていた。あれこれ悩む前に飛んでみようと、大学院入試に挑んで一度失敗。改めて社会人のための大学院入試対策に力を入れている予備校を5〜6校を見学し、最終的に知人が通って合格したという予備校に通った。大学院の説明会があれば足を運び、志望校を決め、仕事をしながらの受験生活が約1年続いた。

「大学院入試を思いつくまでは、自分はずっとこの会社にいるんだろうなと思っていました。けれども、今ならまだ、"セカンドキャリアにつながる新しい引き出し"をつくれるかもしれないという思いに火がついてしまった。人生の半分近く同じ会社にいたので、『ひとりでやってみたらどうなるんだろう?』という思いもあり、受験準備を進めている間に退社を決めました」

願書を送ったものの、受験資格に満たずに入試を諦めたり、試験を受けたが不合格だったりと紆余曲折あったが、晴れて目白大学大学院に合格。ところが、そこからが茨の道だった。

大学院を出てからも"勉強"は終わらなかった

授業では心理学に欠かせない統計学の勉強に手こずり、ゼミでは研究論文の何たるかが分からず苦労したという。既存研究の知見をふまえて仮説を立て、それを検証するという、研究のスタートラインにたどりつくまでに長い時間を要した。

「お恥ずかしいのですが、"大学院は大学で基礎を勉強した人が、そこで得た知識や知見をもとに自説をもち、さらに新しく仮説を立てそれを検証するための研究の場である"ことを入学したあとで痛感しました。授業のディベートではなにひとつまともな発言ができず、社会人としての自信はこっぱみじんに(笑)。心理学の初学者だったこともあり、授業での発表準備や課題提出にも膨大な時間がかかりましたが、いや、ここで投げ出すわけにはいかないと、学業に比重を置く日々が始まりました」

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「人生の後半になって始めたことを仕事にするのは大変なこと」と谷畑さん。

研究テーマは、「30代女性の主観的幸福感の検討」。指導教授やドクターの先輩に教えを仰ぎ、クラスメイトやゼミの後輩たちにも意見を求め、愚直に研究に取り組んで論文を提出、無事に2年で修了した。いくつもの関門を突破し、論文を完成させたことは、谷畑さんにとって新たな自信をもたらした。

ただひとつ、飛び込んでから気づいたことがあった。カウンセラーという職業は、知識やスキルを得たからすぐなれるものではないということ。大学院は心理学の研究を行い、修士論文を提出することが目標であり、ゴールだ。

「取材者としての人生が長かったからか、相手の話しをただそのまま受け止める"傾聴"が身に付くまでに時間がかかりました。修了後に「産業カウンセラー養成講座」に通うことを思いつき、ここでの時間が学んだ知識を自分の中に落とし込むことに役立ったのです。約半年受講して試験を受けて合格。いざ実践の場を得たいと、電話相談員のボランティアをはじめました。同時にキャリアコンサルタントの資格取得の勉強を始めて、そこから合格までに約1年半。大学院卒業から数えると足掛け4年はかかったことになりますね」

谷畑さんが見せてくれた産業カウンセラー養成講座時代の分厚いノートには書き込みがぎっしり。さまざまな角度から大学院で学んだ心理学の理解を深め、知識を自分の中に染み込ませていった様子を伺い知ることができる。

心理学の知識がフリーランスの仕事をパワーアップ

カウンセラーを第二の仕事にする難しさに気付いたときから、セカンドキャリアの構築は長期戦になることを覚悟した谷畑さん。在学中は学業優先でセーブしていたが、卒業後は本業のフリーランス編集者としての活動を本格始動。心理学で学んだことが仕事に役立つ場面が増えたと谷畑さんは言う。

「大きくわけて3つ、メールの書き方、文章の書き方、コミュニケーションのとりかたが変わりました。たとえば、反対意見を出すときにも相手が受け取りやすい言いかたがあります。アサーションというコミュニケーションスキルがあるのですが、自分の感情→理由→...というふうに順を追って伝えると、同じ内容でも相手に比較的スムーズに受け止めてもらえます」

会社員時代は日中の仕事で疲れきった夜遅くにメールを読み、事務的に返信していたが、現在では受け取る相手の心理を考え、メールが双方にとってできるだけ快適なものになるよう、工夫を欠かさないという。

「フリーランスは守ってくれる人がいません。メンタルも仕事も自分でうまくコントロールしていく必要がありますが、人の心の基礎を学んだことで自己理解が進み、自分自身の"トリセツ"ができた。ストレスマネジメントもできるようになってきました」

そして、いわゆるビジネススキルが磨かれただけでなく、編集特有の仕事にも心理学の知識は生きている。インタビュー取材では傾聴技法を活かすことで、限られた時間でも相手の価値観にふれるような深い話が聞けるようになった。とくに、話し慣れていない一般の人への取材で効果を体感しているという。

「文章の書きかたも変わりました。大学院では試行錯誤しながらどうにか論文独特の文体を習得。そこで得たロジカルで簡潔な文章はさまざまなメディアでの記事づくりで役立っています」

これまでの道のりをふりかえると、大学院への進学がきっかけで職業人としての賞味期限が少し延びたかもしれないと、谷畑さんは話す。

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大学院での経験がどのように現在の仕事につながったのかを整理したマップ。カウンセラーとしての仕事が始まった以外にも、編集者としての仕事にも広がりが出た(3月5日・目白大学心理学研究科講演会 「修了して今、思うこと」での発表資料より)

編集者でありながら、軸足の半分はカウンセラー

現在では、編集者としての仕事に加え、心理学を学んだことで新しい切り口の仕事も生まれてきたという。

たとえば、あるNGOで請けおっているオウンドメディアの編集コンサルティングの仕事の場合。当初は職員に編集作業の基本的な流れを伝えることを最終目標としていたが、不足しているのはスキルだけではないケースもある。その場合は産業組織心理学を応用し、現場の課題に合わせてサポート内容を柔軟に変えて対応。さらに、オウンドメディアでの発信を"コミュニケーション"と捉えて、ターゲット層の心理に響きやすいビジュアル&コピー制作を実施し、一定の成果をあげているそうだ。

40代にして初めて挑んだ再就学。編集者としてのキャリアに、心理学という新たな武器をかけあわせ、2軸の仕事人生を歩み始めつつある谷畑さんは言う。

「編集の仕事は、自分にとって適職だと思っています。カウンセラーとしてはキャリアが浅いので、これからも自己研鑽は欠かせません。今後は本業でも、カウンセラーとしても、働く人たちの心理援助につながる活動を増やしていけたらいいですね」

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先日は目白大学メディア表現学科の学部生対象の授業で「業界動向を知る "編集者"の1.0から2.0まで」というテーマで講義を。「産業組織心理学から見た編集者の仕事」など、独自の視点も交えた内容に多くの学生が聞き入った。

■大学院受験を考えている人へのアドバイス

人生後半での大学院での再就学成功のコツは、とにかく目的意識を明確にもつことだそう。

「仕事をセーブしてフルタイムで勉強することもできますが、社会人学生向けに夜間と土日をメインにしたカリキュラムをもつ学校もあります。仕事と勉強どちらを優先するのか。資格をとって仕事を増やしたいのか、今の仕事のために知識を充実させたいのか、それとも教養として学びたいのか。学びの目的を明確にしてから受験されることをおすすめします。私の場合は勢いで動きはじめてしまった部分もあって、後から非常に苦労しました。教授や同級生の支えなしには修了できなかったと思います」

とはいえ、40代での学び直しは心理学の面からみて意義のあることでもあるという。

「40代は心理学でいう人生の午後への移行期。社会的に求められる役割と自分自身の意識に、ギャップが生まれやすい時期でもあります。新しいことにチャレンジしてみて、自分をゆっくり見つめ直すいいタイミングかもしれません。私自身、人生後半のとてもいい転機になりました」

【谷畑さんの仕事術】オンオフのメリハリをつけて仕事のペースを調整

20161214_tanihata_3.jpgオフの楽しみはライブ鑑賞。M-1やR-1の予選から夏フェス、テニスにフィギュアスケートまで守備囲は広い。ライブの魅力は「今、この瞬間で消えてしまうよさ」。その日、その瞬間にしか見られないものに集中して、リフレッシュする。

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