【職種別座談会】ライターに寿命はあるのか? 前編

20160523_special_1.jpg編集部で話題になり実現した職種別座談会。第1弾は、ライター座談会です。テーマは「ライターに寿命はあるのか」。今回は、ライター歴の長い、アラフィフの先輩ライターお二人をゲストに迎え、話をお聞きしました。(聞き手・編集部メンバー 赤荻瑞穂)

ゲストスピーカーProfile

柏木珠希さん

大学時代に出版社の編集部でアルバイト。就職活動では映画会社の試験を受けるも全敗し、そのままアルバイト先だった出版社の仕事を請け、なし崩しにフリーランスのライター人生をスタートさせた。著書は『おひとりさま女子の田舎移住計画』『小さなカフェのつくり方』『会社を辞めずに自分の店を持つ 週末店主』など。現在は書籍の執筆を中心に活動している。長野県で夫と二人暮らし。

柏木さんの田舎暮らしの様子はこちらの記事でCHECK! 仕事前のスノボーが息抜きに。田舎暮らしを満喫するライター兼ビルオーナー@長野県


山崎伸子さん

愛知県の出版社でエリア情報誌の編集をしていたが、30歳を目前に「映画ライターになる!」と思い立ち1年後にフリーランスに。映画の仕事は東京にしかないからと上京する。MovieWalkerを中心に多くの映画関連ニュースやインタビュー記事を手掛ける。都内で夫と二人暮らし。

この分野を自分で選んだから突き進めていける

赤荻)まず、どのような経緯でライターになったのか教えてください。

柏木)中学の頃はロック少女で、愛読していた『ミュージック・ライフ』という雑誌の東郷かおる子編集長に憧れていて。その頃の将来の夢は「雑誌の編集長になること」でした。大学時代は、出版社や、ほかにもいくつかかけもちして、とにかくたくさんアルバイトをしていましたね。当時、OLの初任給が18万円くらいの頃に、月40~50万円は稼いでましたから。

赤荻)えぇ、それはすごいですね!

柏木)その頃は、「就職しても2~3年で寿退社して......」なんて考えていたから、「就職しなくてもいいじゃん!」と思って。アルバイトをしていた出版社でそのままフリーランスのライターになりました。

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山崎)私はそういう風に何かに熱中できる人がすごくうらやましかったですね。人生で一番悩んだのが大学生時代でしたから。あるとき、ゼミの教授のことが羨ましくて「先生は好きなことを研究できていいですね」と聞いたことがあったんです。すると「山崎君、そうではないんだ。私はトーマス・ハーディが好きなわけではなく、この分野を自分で選んだから突き進めているだけなんだよ」と言われて、それがなんとなく心に響いたんです。
その後、就職活動では、自分の好きな「書くこと」を仕事にしたいという思いで出版社を受けました。でも東京ではすべて落とされてしまい、名古屋のエリア情報誌を発行する出版社に入りました。

赤荻)昔から映画は好きだったんですか?

山崎)実はそこまで好きというわけでもなかったんです。当時は話題の映画がやってるから観に行こうかな、という程度。そんなときにたまたま情報誌の映画担当になってやってみたら、「映画っておもしろい」と思うように。それで30歳になったところで「映画の仕事を選んでみよう」と思い立ち、フリーランスのライターとして上京しました。映画の仕事は東京でしかできないので。

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独立直後は来るもの拒まず

赤荻)ライターとして独立して、仕事はすぐ軌道に乗りましたか?

柏木)アルバイトをしていた出版社でのスタートだったので、そこの編集者が違う部署へ異動したらそこから連絡をもらえて......という感じで仕事がどんどん増えていきました。「自分でこうしよう」とコツコツと進めたことはなくて、気づいたらいろいろなジャンルを手掛けていました。ラッキーだったかもしれません。2005年くらいからは、次第に書籍へとシフトしていきました。書籍にシフトしてライターとしての収入は減りましたが、その頃からうまい具合に不動産収入を得られるようになったので、なんとか生活できてます。

赤荻)不労収入があると、働かなくなりそう(笑)。

柏木)そうですね。「あまり働かなくてもいいや~」という時期もあったけど、人間は社会的な動物なので、なにもしないと退屈だとわかって。ガツガツとはいかないけれどコツコツやっていくようにしました(笑)。

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赤荻)山崎さんはどうでしたか?

山崎)上京してすぐは仕事につながらなかったですね。だから、テレビ番組の占いでB型が1位になったときだけ営業の電話をかけたりしていました(笑)。最初は、映画だけでは食べていけず、グルメやほかのジャンルの仕事もしながら、少しずつ映画の仕事を増やしていきました。いったん映画のミニコミを作っている会社に就職しましたが、廃刊になった後またフリーに戻り、当時仕事をもらっていた編集者からの紹介でMovieWalkerの専属ライターになったんです。

赤荻)そうだったんですね。Moviewalkerではお仕事いろいろご一緒しましたよね。懐かしいです。

ギャラは自分からは絶対に言わない

赤荻)読者のみなさんが気になるお金の話に移っていきたいと思います。ずばり、ギャランティの変遷についてお聞きしたく。

柏木)今、ライターフィーは下がってきてますよね。雑誌で一番良かったころだと、ページ単価4~5万円くらいはもらえてました。レイアウトで写真がほぼ1Pでも、換算はページ単価なのでまるまるもらえたことも。でも今は、ページ単価は15000円くらい? 最近雑誌を請けていないから少しあてずっぽうだけど。山崎さんはどうですか?

山崎)映画ライターって、人気あるんですよ。だからギャラはほかのジャンルのライターと比べたら安いかもしれません。取材したり試写を観たりして書くことが多いので、そういう時間も結構取られることを考えるともう少し高くなってほしいな......って思いはありますね(笑)。最近は、署名原稿になって実績になるからとノーギャラでもやっている人がいるんです。売り込みたいのはわかるけど、そういうことが先々価格破壊を引き起こしてしまうんですよ。だからライター全体の将来を考えれば、それは決してしてはいけないことだと思います。

柏木・赤荻)同感です。

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赤荻)みなさんは仕事を請けるとき、ギャラは自分から言いますか?

柏木)先輩の編集者から「ギャラは絶対に自分から言うな」と教わって、それを守っています(笑)。

山崎)そうですよね。言われてあまりにも少なかったら交渉すればいいわけで、自分から言ってしまうと、相手の用意していた金額よりも少なく言ってしまうこともあるので、私も自分からは言わないですね~。

赤荻)発注者がどんどん年下になってくることに、やりにくさは感じますか?

山崎)あまりないですね。編集者が年下のときは、低姿勢だけど頼れる雰囲気を出すようにしてます。「甘えちゃっていいんですよ~~」と。営業の仕方も年代とともに変わりますよね。20代なら「なんでもやります!」って感じで、元気のよさとフットワークの軽さをアピールできればいい。でもある程度の年齢になったら、それだけではダメで。「役に立ちますよ、武器になりますよ」と言うようにしています。あ、でも、自分の年齢は編集者に絶対に言わないようにしています(笑)。言うと、「あ、山崎さんすいません」と恐縮されることがあって、それが申し訳ないので。

柏木)年齢が上がると発注しにくいんだろうな~と思うことはあります。でも私のほうは担当が年下だからと言ってやりにくさは感じていないので、担当の編集にはわりと年齢をカミングアウトしています。私、年上なのに下の人からもからみやすいダチョウ倶楽部の上島竜兵さんっていいなぁ~って思ってるんです。だから私もそういう立ち位置でいられれば、年が上でも仕事を頼みやすいんじゃないかと。これから私は、上島竜兵さんを目指します!(笑)

赤荻)なるほど。上島竜兵か〜。妙に納得してしまいますね(笑)。

(後編に続く。5月26日(木)更新予定)

撮影協力:GOOD MORNING CAFE&GRILL

虎ノ門ヒルズの真向かいにある、ガラス張りの外観と開放的なテラス席が目を引くカフェ。モーニングだけでなく、ランチ、ディナーのメニューも充実しています。

赤荻瑞穂

Writer 赤荻瑞穂

編集・ライター。Rhythmoon編集部メンバー
会社員時代に雑誌や書籍の出版、エンタメ系ポータルサイトメディアの運営に携わり、2008年フリーランスに。現在は子どもや女性、地域、ライフスタイルなどをテーマにした企画、編集、執筆を手掛ける。人と人をつなぐことを得意としており、イベントなどの企画から運営、管理なども多数経験。私生活は4歳と1歳、二人の男児の母。

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