やっぱり大事な契約書! 盛り込むべき内容は?
前回の記事では、個人で仕事をしていくフリーランスにとっては、契約のトラブルがおきないように、普段から予防を考えていくスタンスが大切だということがわかりました。今回は、いよいよ契約を進めるにあたってのお話をお聞きしていきます。
●司法書士 中野千恵子先生プロフィール
1970年埼玉県生まれ。専修大学法学部法律学科卒業。大学卒業後、民間企業(建設会社、通信会社)での勤務を経て、2006年(平成18年)司法書士資格取得。弁護士、公認会計士、税理士、行政書士との総合事務所、大手司法書士法人の勤務を経て、平成22年3月独立開業。LAE司法書士事務所代表。
両者の合意で契約が結ばれた、ということを形に残す
中野先生:前回お話したとおり、契約書があれば絶対にお金を払ってもらえる、というものではないので、まず、トラブル予防の意識を常にもっておくことは大切だと思います。
契約が結ばれたことをしっかり形に残す手段のひとつが「契約書」であるといえます。契約内容が記述されて、それに両者が合意したことがわかるために双方の判子が押されていることから、契約書は「契約がかわされた」ということを裏づける証拠能力が高いです。
編集部:万が一、契約書がない場合、契約書のかわりになるものはありますか。
中野先生:日本の民法では、すべての契約が必ずしも書面でなければいけないわけでなく、口約束でも契約は成立するものもあります。メールやSNSでのやりとり、手紙や発注書、請け書というものも契約がかわされた裏づけになるので、必ずとっておくといいですね。「契約書がないから」とあきらめる必要はありません。
法的には、契約書と謳ってなくても、中身が契約について書いてあるものだったら契約書になります。だから、メールの本文でやりとりした内容も契約が成立した裏づけ資料にはなります。しかしながら、契約というのはお互いの合意があってのものですから、一方的に送って返事がないメールでは合意があったとは言い難いですし、返信があってもなりすましの可能性がゼロとは言えないので、証拠能力としては低くなってしまうかもしれません。
編集部:最近、「発注書を発行することにしました」という企業も多いですね。発注書も契約書のかわりになりますか。
中野先生:発注書は、内容にもよりますが、契約があったという事実の推定にはなります。「◯◯円でお願いします」ということも書いてある場合は報酬の約束があったという推定にはなります。
編集部:「契約書に印紙を貼らないと罰金」などの話も聞きますが、印紙も貼っておいた方がいいのでしょうか。
中野先生:印紙は、税金の問題です。法的な効力には、印紙の有無は関係ありません。「納めるべき税金を納めてないですね」という話ですね。税法上、どういう契約書はいくらの印紙を貼るというのが決まっているので、確認しておくといいですね。
「何をしたらお金がもらえるのか」を明確に
編集部:契約書に必ず盛り込んだ方がよいポイントを教えていただけますか。
中野先生:まず何をしたらお金をもらえるのかという依頼された仕事の内容と、それに対していくら発生するのかですね。そして、それをどういう風に払ってもらえるのか。支払期日や支払い方法など。それから、契約解除のことも入れておいた方がいいと思います。
編集部:契約解除とは、業務委託契約の場合などでしょうか?
中野先生:よく「業務委託」と言いますが、民法では「業務委託」という契約は規定されていません。「業務委託契約」といっているものは、「請負契約」か「委任契約」のどちらかであることがほとんどです。「請負契約」は仕事が完成するまで報酬を支払わないことが原則ですし、「委任契約」は報酬が支払われることが前提のものではありませんから、「特約」をつけるなどして、何に対して報酬を出す、という約束をきちんととりつけておくことが、とても大切になってきます。
編集部:知りませんでした。「業務委託」というときに、「請負契約」か「委任契約」かを確認した方がいいのでしょうか。
中野先生:そこまで気にしなくてもいいと思いますが、「何の仕事に対してどれくらいのお金をいつまでに払う」という約束をとりつけたというエビデンスを残すことを心がけましょう。
受注側から契約書を出してもOK
編集部:いくらぐらいの取引きから契約書を作った方がいいという目安はあるのでしょうか。
中野先生:契約書を作る基準は金額ではないと思います。人によって1万円が高額な人もいれば、十万円でもさほど高額ではない人もいるわけで、一律に基準は言えないですよね。何が大事なのか、契約書を作成した方がよいかどうかは、それぞれで判断していただくしかないですよね。
編集部:契約書がないと言われた場合、こちらから作って企業に出してもいいのでしょうか。
中野先生:大丈夫です。ただ、大きな会社でしっかりとした法務部があると、「会社として、契約書を交わすなら法務部を通さなければいけない」ということになって時間がかかることはあると思います。契約を結ぶこと自体に抵抗をもっていて、「うちは契約書は作らないんだよ」というような会社は、取引の内容を見直された方が良いかもしれません。
契約書というと、みなさん、しっかりしたものをイメージするかもしれませんが、「確認のために書面でかわしてもらっています」と気軽に提案すればよいと思うんです。
編集部:確認書のようなものでいいから、書面であった方がトラブル予防のためにもいいですね。最近は、インターネットで契約書のひな型もダウンロードできますが、そうしたものを利用するのもよいのでしょうか。
中野先生:そうですね、いいと思います。ですが、そうした契約書は、誰にでも使えるような大まかな内容になっていて、 つっこんだ事項は書いていないことが多いです。自分にとって必要な事項を追加していくのがよいと思います。
「契約解除」の条件や賠償問題も要注意
編集部:契約解除については、どのようなことに注意したらよいでしょうか。
中野先生:さきほどお話した「請負契約」は、モノが完成するまでの間だったら依頼した側はいつでも解除できますが、請けた側からは解除できません。
一方、「委任契約」は、請けた方からも依頼した方からも、双方から解除することができます。解除の時期に制限はなく、いつでも自由にお互いが契約解除していいというのが委任契約の原則です。ただ、それによって、解除された方が損害をうけたことがあれば、損害は賠償してくださいね、というものは予め決めておいたほうがよいでしょう。
また、いつでも解除していいのか「一カ月前に申し出る」のか、というようなところも入れておいた方がいいと思います。
編集部:企業から出されたものに、ここは変えたいと言っていいのでしょうか。
中野先生:はい、もちろんです。契約が成立するのは両者の合意なので。相手との力関係があって言いづらいことがあるかもしれませんが、納得できないときは相手に伝えるべきです。納得できないまま仕事を請けて、かつ何かトラブルがあってお金を払ってもらえなかったら、ふんだり蹴ったりになってしまいます。
契約書に関することがわかりやすく書いてある一般の方向けの本を一冊持っているとよいかもしれません。たとえば、この本は、条項ごとの解説や気をつけた方がいいとい注意書きも載っていたりするのでオススメです。
トラブルを予防するためにも大事な契約書。でも、契約書があればいいというものでもなく、おさえるべきポイントを知っておくことが大切なのがわかりました。これは、自分の仕事のゴールを確かめる作業にもつながりますよね。(次回「解決編」に続く)