「人とつながって生きていきたい」。素直にそう思える映画『もうろうをいきる』

暗黒と静寂が支配する世界に暮らす人たちがいます。
目が見えず、耳が聞こえない「盲ろう者」たちです。日本には、少なくても1万4000人はいるとされています。
日本ではじめて盲ろう者として大学に進学し、現在は東京大学教授として活躍する福島智さんは、9歳で失明し、18歳で聴力を失いました。
福島さんは、盲ろう者となった初期の頃の状態を下記のように表現しています。

「この地球から引きはがされて真空の宇宙の果てに放り投げられたような......。集団の中の孤独というか。友人がふいに話しかけてくれるときだけ、地球に戻れる」
(『ゆびさきの宇宙』岩波書店)

視覚と聴覚は、外の世界の刺激を受容し、他者とのコミュニケーションを行ううえでとても重要な役割を果たします。それを2つとも奪われた、強い孤独と欲求不満を抱える盲ろうの世界に、希望の光を射すものは、触手話や指文字などの「言葉」と人とのつながりでした。
そんな盲ろう者の生きる姿と周囲の人の関係を映し出すことで、「生きることは人とつながること」という私たちが生きる上での原点を見直せる映画をご紹介します。

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盲ろう者とは?

「盲ろう者」と一口に言っても、その障がいの状態や程度はさまざまで、おおまかに次の4つに分類されます。

・全盲ろうーまったく見えず聞こえない状態
・弱視ろうー見えにくく聞こえない状態
・盲難聴ーまったく見えず聞こえにくい状態
・弱視難聴ー見えにくく聞こえにくい状態

『指点字ガイドブック―盲ろう者と心をつなぐ』(読書工房)より

また、盲ろう者になるまでの経緯も人によってさまざまで、生まれつき、あるいは乳幼児期に視覚と聴覚の障がいを発症する人、まず盲(視覚障がい)となり、その後聴覚障がいが加わった人やその逆の人などがいます。
 
これらの障がいの状態や、盲ろうになるまでに身に付けた言語能力やコミュニケーション方法などにより、使用するコミュニケーション手段も異なります。

・「触手話」―話者の話す手話を盲ろう者が直接手で触れてその形や動きを読み取る
・「手書き文字」―盲ろう者の手のひらに指先でひらがなやカタカナ、数字などを書いて伝える
・「指文字」―点字タイプライターで点字を打つ方法を使って盲ろう者の指に直接タッチして伝える  
・「ブリスタ」―ドイツ製の速記用点字タイプライターで幅1cm程の紙テープに点字を打ち出したものを読む
ほかに、聴力が残っている人には耳元で話したり、視覚が残っている人には紙等に文字を書いたりして伝えることもあります。

「盲ろう者」のイメージを豊かにしてくれる8人

映画は、昨年、福岡県で行われた「全国盲ろう者大会」の様子から始まります。触手話や指文字など、多様なコミュニケーションが飛び交い、圧巻の光景が広がります
その後、前述の福島さんを含め、8人の盲ろう者が登場します。まったく見えず聞こえない人や少し見えて少し聞こえる人、東日本大震災で被災地となった宮城県石巻市から新潟県の佐渡島まで、障がいの程度も住む場所もさまざまです。

ドキュメンタリーによくありがちなテーマや問題を主張し過ぎる押しつけがましさはなく、8人それぞれの日常が淡々と映し出されます。ただそのなかで「生まれ変わったら聞こえる人になりたい」とほほ笑みながら話す弱視ろうの若い女性や「2人で洋服タンスに入って死のうと思った」と話す親子など、盲ろう者の抱える悲しみの大きさに言葉を失う場面があります。

福島さんのような「特別な盲ろう者」だけではなく、「普通の盲ろう者たち」を知ることで、私たち「普通の人たち」がより共感し、盲ろう者の人生を疑似体験できるような映画になっています。

どんなに障がいが重くても愛情は伝えられる

8人それぞれの人生から学ぶことが多かったですが、私が一番印象に残ったのが、最もハンディが重い盲ろう者である24歳の貝嶋麗奈さんです。

彼女は、両親と妹の4人で暮らしています。ほかの盲ろう者のような「言葉のコミュニケーション」ができない状態です。相模原事件の容疑者が「人の幸せを奪う存在」と言っていた重度障がい者に該当すると思います。

大学生の妹さんは「何か障害をもつ人のためにできたらという思いでデザインを学んでいる」といいながら姉妹の関係性について次のようにおっしゃっていました。

普通の姉妹として過ごしたらよかったなっていうふうにも思ったことはありますけど、やっぱり代わりはいないっていいますか。姉はどういうふうに私のことを、妹と思っているのか、近くにいる人って思っているのかちょっとわからないけど、頭撫でられたりもするんですよ。そういうのが姉妹というか、一緒に生きているという感じがありますね

貝嶋さんがご家族の愛情を受けて、そして貝嶋さんご自身も愛情を家族に伝えている。どんなに障がいが重くても、周りの人に愛を伝えることができる。そして、周りの人はその愛を受け取って生きるパワーにする。

そんな当たり前のことに気付かせてくれました。

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「人とつながりたい」気持ちを肯定する勇気を

私自身は、片耳が聞こえないので、たとえば、たくさんの人が集まってガヤガヤ話す場所では、聞き取りづらいコミュニケーションの不便があります。聞き返したり、的外れな答えをしたりするのに疲れ、だんだん大人数の集まりからは足が遠のいていきました。

そして、人との新しいつながりやコミュニケーション自体も「どうせそんなつまらないもの......」と否定することで自分の「言い訳」を肯定する癖がついてしまったような気がしています。

でも、子どもを産んで少しだけ強く(図太く?)なれたことや、母親を病気で亡くし、人が持てる愛情の深さや命の有限さを教えてもらうなかで、人とのつながりの大切さや喜びを、また、少しずつ肯定できるようになってきました。

そして、今回この映画をみて、改めて自分の気持ちを素直に認める勇気をもらいました。

「生きることは人とつながること。不器用でいいから自分なりに受け止めて生きていきたい」。

障がいがなくても、自分はコミュニケーションが苦手だと孤独を選びがちな人も多いと思います。盲ろう者のイメージを豊かにするだけでなく、そんな人間関係に疲れてしまっている人にも見てもらいたい映画です。

『もうろうをいきる』
東京「シネマチュプキタバタ」ほか全国で公開中
監督:西原孝至/91分/製作:シグロ
公式HP http://mourouwoikiru.com/

桐田 さえ

Writer 桐田 さえ

出版社等に勤務後、2013年よりフリーランスのライター・編集者に。また、産後3か月で社会福祉士を取得。現在は、当事者や専門家、高齢者施設等を取材し、主に障がいや介護に関する記事や実用書、専門書のお仕事が中心。子どものときに、おたふく風邪による難聴(ムンプス難聴)で片耳を失聴した。一女の母。

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