重度障がい児の母親が「病児服」で起業。「壁」を超えてカラフルな社会を目指す

201711_kirita_prof.jpgpalette ibu.代表の奥井のぞみさん(33歳)は、2010年に長男・伊吹君を出産しますが、出産時の事故で伊吹君には「ほぼ脳死に近い状態」という重い障がいが残りました。産後、肌着を着せようとしますが「普通の肌着」では点滴の針がずれたりはずれたり、腕に力が入らないため袖を通すだけでも苦労し「わが子に触ることが怖くなってどんどん子どもへの気持ちが引いてしまった」といいます。

そこで奥井さんがつくったものが「病児服」と名付けた医療を受ける子ども向けの洋服です。「病児服」は、脇や股のボタンを外すと1枚の布でつながっており、介護者の負担が減るつくりになっています。またカラーやデザインにもこだわりがあります。

このような洋服をつくる企業は現在国内に1社しかなく、ほかは当事者の母親が個人で行っているところが約10事業者あるだけです。 起業して2年、試行錯誤を重ね、少しずつ認知度が上がってきました。奥井さんに「病児服」に込める思いや会社のこれからについてお聞きしてきました。

あゆみ

2015年2月 重症心身障碍児のお洋服ibu.開業
2017年1月 第7回ビジネス創造コンテスト 奨励賞・特別賞 受賞
2017年2月 第6回ウーマンビジネスグランプリ2017 in品川   
グランプリ・立正大学経営学部賞・オーディエンス賞 受賞
2017年4月 palette ibu.に事業名を改名
2017年5月 朝日新聞全国版5月2日付 掲載
2017年6月 日テレアップdate!「病児服編」放送
2017年6月 NHK News up 「ただ1人の母として」掲載
HP:https://www.paleibu.com/
インスタグラム:http://www.pictame.com/user/palette.ibu/1950840639

病院にさえ「病児服」がない

「病児服」の必要性を知った経緯を教えて下さい。

出産して3ヵ月経ったころ、初めて伊吹に洋服を着せられることになりました。洋服を着た姿を見てすごく嬉しかったのを覚えています。でも、服を着せるだけなのに「脱臼しない? 骨は折れない? 大丈夫!?」とすごく緊張して。すぐ点滴の針がずれたり外れたりして先生に「点滴が漏れました、すみません」と言うたびに申し訳ない気持ちになって、自分の子どもなのに触ることが怖くなってしまったんです。どんどん引いてしまう自分がいて。

医療的なケアが必要な子どもが多くいる病院でも「普通の服」しかないことは驚きです。

私も、ほんとに漠然と「なんでないの?」と。「ないなら私がつくろう」と単純に思いました。「やっとわが子のためにできることがあった」という思いもあり、集中して1ヵ月経たないうちに1着目をつくりました。そのときは起業のことはまったく考えていませんでした。伊吹に実際に着せると看護師さんたちがすごく喜んでくれて。「こういう服がもっとあればいいのに」とおっしゃっていただいたのが印象には残っていました。

そこから起業に至った経緯は?

2015年2月、伊吹が危篤状態になりました。そのときに「この子がいなくなったら、私はどう生きていけばいいんだろう」と急に不安が襲ってきて。どうしようどうしようと思ったときに、伊吹が着ている服を見て「私にはこれができる。もし伊吹がいなくなっても、ほかの子どもたちやご家族にこういう洋服があることで気持ちを少しでも楽にしてもらえる、そして『伊吹が生きた証』を残せる」と思い、すぐに『重症心身障害児のお洋服ibu.』として個人事業の開業届を出しに行きました。

品川区の経営塾で基礎から学び直す

2017年4月に社名を現在の『palette ibu.(パレットイブ)』に変更されています。

音大を卒業した後、出産までずっとフリーランスの演奏家として働いていて、経営についてはほぼ無知でした。最初は、趣味の延長といった感じで、オーダーメイドでつくっていましたが、利益もほんの数千円ですし、まず注文がほとんどこない。2016年に入ったころにやっぱりこのままではまずいと危機感をいだいて、女性の起業支援に力を入れている品川区立武蔵小山創業支援センターの起業塾に毎週土曜日、3ヵ月間通いました。対企業に対するアポイントの取り方や事業計画書の作成等、経営についてイチから学ぶことができました。そして、「再スタート」という思いもあり、今の社名に変更しました。本格的にネット販売を始めたのも今年の6月末からです。

新しい社名に込めた思いは?

どうしても医療を受けている子や障がいを持っている子どもの洋服のカラーイメージって白や薄いピンク、薄い水色といった淡い色が多いんですよね。もっとカラフルなイメージを持ってもらいたい、そしていろんな色を選べる、そんな社会になってほしいという願いを込めました。機能性重視になるとどうしてもデザインやカラーが無難なものになってしまいがちですが、両方併せ持った病児服を目指しています。

胃ろう用のカバー「ペグカバー」が人気ですね。

これが今弊社の一番人気の商品ですね。普通はガーゼを挟むのですが、洗ってまた使えるものがあればいいな、と考えました。まず国内で探しましたが、みつかりませんでした。海外のサイトでたまたまみつけてすぐに取り寄せて、研究しました。半年から1年くらいかけて伊吹に実験台になってもらい(笑)、試行錯誤を重ねて商品化にいたりました。

※胃ろう:口から食事をすることが困難な人が、胃から直接栄養を摂取するための医療措置

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Xmasバージョンも新発売。毎日のケアがちょっと明るく楽しくなる(550円~)

ブランドの確立を目指して

営業はどのようにされていますか?

全国各地で行われている福祉機器展や養護学校の展示会に商品を並べてもらったり、行けるときは私が足を運んだり。今月も長野に出展に行ってきます。出展がきっかけで横のつながりができて、また別のところからお声かけいただくことが増えていますね。ありがたいです。あとはSNSですね。私が自由に動ければ外でチラシ配りでもなんでもしたいんですけどね(笑)

病院に向けて販売したいと考えているのが「イブ ベーシック」という肌着です。量産してくれる工場とも契約し、いろいろな検査基準をクリアしてオーダーメイドではなく既製品として確立しています。ただ、どうしても個人経営なので、病院に直接売り込むことが難しい。医師や看護師、あとはケアマネジャーさんといった病院の関係者の方たちに知ってもらうことが今は課題かなと考えています。

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国内工場・国産生地で生産。肩から袖口にかけて開き、1枚の布状になるよう工夫されている(3,750円~)。

ほかにこれからの経営戦略は?

今、ブランドの確立に向けて動いています。「パレットイブといえばこの洋服」といった印象付けられる定番商品を作って、そこから認知度やその他の商品を展開できたらと考えています。そのために、フォーマル服をつくったところです。普段着は一旦ペースダウンして、今はこちらに集中しています。月に2回は経営に協力してくださっている方たちと打合せをして進捗状況を確認し合ったりしています。この1年ぐらいは自分たちでつくって、確実に売れるという目処がたったときに工場で量産体制をとって、手ごろに購入していただける値段設定にするのが目標です。

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「わが子の晴れ姿を見たい」。そんな親として当たり前の願いを叶えられる一着を目指して(男の子用のスーツは14,800円~。女の子用のドレスは16,000円~ )。

会社としての夢は?

普通の子ども服売り場に「病児服」が当たり前に並んでいる社会になれるよう貢献できたら。そのためには、将来的にはすでに子供服をつくっている大手の企業さんに「病児服」も商品のひとつとしてつくっていただけるよう働きかけていきたいと思っています。

迷いもあるけど...。もっと多くの人に知ってもらいたい

まず、こういう服が必要な子どもがいることも知らない人が多いです。

医療的ケア児の保育園入園問題などは、この2、3年ぐらいで取り上げられることも増えました。でも、まだ「保育園に通うことができる医療的ケア児」しか表に出ていない。伊吹のように自分でまったく体を動かすことができない、保育園や学校には通えない、家からほとんど外に出ることができない子どもたちが在宅介護を受けている現状はまだそんなに表に出ていません。そもそも「出られない」から、人の目に触れられる機会がない。だから、そこを訴えることも今は必要だと思っています。

※医療的ケア児:人工呼吸器や胃ろうなどの医療的ケアが日常的に必要な子どものこと。医療の発達により増加しており、2016年に障害者総合支援法が改正され「医療的ケア児」という文言が初めて明記された。

訴えることは覚悟も必要です。

正直、メディアに出ることには抵抗がありました。伊吹が前面に出てしまうから。本人の承諾を得たわけでもないですし、これでこの子が幸せなのかと。でも、やっぱり誰かが言わないとくすぶっていても何も変わらない。普通の服さえ着られない、今の時代にまだない、病院にさえあまりない、という現状を知ってもらう。私にはそれしかできないし、今はそれが私の役割だと思っています。

たまに伊吹と外出すると、人工呼吸器を載せた車いすは重装備ですごく目立つみたいでじろじろ見られることが多いです。外はまぶしいので車いすのフードを深く下ろしているんですが、わざわざ覗き込んで見る人も。「かわいそうに」と見ず知らずの人に言われます。もっと「いて当たり前」な社会になってほしいですね。

2人のお子さんにとって、どんなママになりたいですか?

下の子との時間をつくるのが必要になってきたなと、今すごく感じているので、ショートステイを利用するなど、育児も介護も完璧を目指さないよう気を付けています。
そして、子どもたちが応援したくなる、誇りに思ってもらえるような母親になりたいですね。「うちのお母さんはこれをやっているんだよ!」って。最近、仕事に行くときも下の子が「お母さん頑張ってね!」と応援してくれるようになったのがすごく嬉しくて。子どもや家族に認めてもらえるよう、細く、長く、この仕事を続けていきたいです。

桐田 さえ

Writer 桐田 さえ

出版社等に勤務後、フリーランスのライター・編集者に。社会福祉士を取得。現在は、当事者や専門家、高齢者施設等を取材し、主に障がいや介護に関する記事や実用書、専門書のお仕事が中心。

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