農業とデザインの融合を目指すデザイナー@山梨県

地方で働くってどんな感じ? 地域ならではのフリーランス事情を知りたい!
「地方フリーランス生活」では、自分らしいスタイルで働く地方フリーランサーに、地方で活動することのメリットやデメリットのほか、日頃心がけていることなどを伺います。今回は山梨県で活動されているデザイナーのかわじみきさんにお話をお聞きしました。

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■かわじみきさん プロフィール

活動地域 山梨県
フリーランス歴 17年
職種

プロデューサー、アートディレクター、デザイナー

経歴

キッズデザイン、エコデザインを専門とするプロデューサー兼デザイナー。「ミキッズデザインスタジオ」の屋号で、ブランディング、グラフィック、プロダクト、空間、映像、イベント企画など多ジャンルで制作コーディネイト、ディレクション、デザインワークを手がけている。移住後は、夫と共に有機&自然農のデザインファーム「Green Kids Farm」を運営中。

Green Kids Farm

なぜ、デザイナーの仕事を始めたのですか?

高校時代、祖父が寝たきりで入院しました。その時「病室をもっと楽しくできないだろうか?元気のない人が元気になるような視覚的なものや空間があったらいいな」と思い、初めて、そういったものを手掛ける「デザイナー」という仕事があることを知りました。

そこで、美大を目指そうと決心したのですが、高校3年生の夏からの挑戦で、最初は学校にも親も含め、まわりの人たちに反対され、大変でした。でも私が必死に目標にむかっている姿をみて、親は最後は応援してくれて無事に美大に合格。グラフィックデザインを学びました。

フリーランスになる前はどのようなお仕事をしていましたか?フリーランスになったきっかけを教えてください。

大学卒業後は、デザイン事務所で、ディレクターの下で働いていました。独立のきっかけは、デザインスタジオに勤務していた28歳の頃、社会保障もなく連日終電で帰って残業手当もない環境で働き、身体を壊してしまったこと。その時に、何のために働いているのか見つめなおしました。そのデザイン事務所では、私は数多くいるデザイナーの1人でしかなかったので、私個人のことをもっと理解し、依頼してくれるクライアントと一緒に、深く考え、作り上げる仕事をしたいと思い「今がちょうど独立するタイミングだ」と感じて、独立しました。

フリーランスになってからは、どのようなお仕事をしていたのですか?

いろいろなご縁で、大手企業や青山の大手有名ヘアサロンなどと直接取引ができるようになりました。エコデザインに関心を持った後は、そういった仕事にシフトしました。そのうち制作だけでなく、メディアへの広報の重要性を感じて環境系のメディアに就職して働いたこともあったのですが、産後、子どもの預け先が見つからなかったので退社しました。それからはまたフリーランスになり、子どもとの時間を大切にしながら仕事をしています。

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今まで手がけてきた仕事

今は、いろいろなジャンルの制作を手掛けていて、各専門のクリエイターと、お仕事によってプロジェクトチームを組んでいます。1つのジャンルに留まらずに幅広くデザインしているのは「デザイナーになりたい」と思ったきっかけが「人の心を明るくしたい」という強い想いだったことが、少なからず関係していると思っています。

なぜ、山梨県の河口湖に移住したのですか?

夫が「有機農家になり自給自足をしたい」と前々から願っていたこと。
息子には森の中でグローバル教育(国際教育?)を受けてもらえたらいいな、と思っていて、今の土地にはそういった学校があったこと。

これら2つが大きな理由です。

河口湖を選んだのは、外国人観光客も多い土地であればその風を受け入れやすいだろうと考えたから、そして、クライアントのいる東京に日帰りで行ける場所だからです。

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畑からは富士山が見えます。手前にいるのが夫と息子です。

働く土地を変えたことで、働き方やライフスタイル等の変化はありましたか??

東京にいるクライアントへの新規営業や、東京で開催されるセミナー、交流会への参加が気軽にできなくなりました。夫の畑の収穫や出荷を手伝うなど、デザイン以外の仕事も増えましたね。あとは、移動がすべて車になってしまい、運動不足になりました。

現在の土地で仕事を始めるにあたって、苦労したことはありますか?

移住後6ヵ月間は息子が保育園になじめず、夕方まで預ける契約が、本人の希望で昼に迎えに行っており、仕事がほとんどできなくなってしまいました。また、私自身も保育園の先生や園長先生との関係に悩み、近くに頼れる相談相手もいなくて仕事に集中することができませんでした。

そんな中、息子に優しく声をかけてくれたクラスメイトがいて、そのお母さんも素敵な方で、私の悩みも聞いてくださり、親子ともども、少しずつ落ち着きを取り戻すことができました。

夫は有機農業で就農を希望していたのですが、田んぼは借りるのが高く、畑もなかなか見つからず、家計的にも大赤字の時期もあったのですが、7ケ月後に夫に農業関係の副業や畑も見つかりました。

移住から9か月たった現在は、息子もお友達が増え、お迎えも夕方に行けば大丈夫になり、夫の仕事にもリズムができ、私もやっと、デザイナーの仕事を再開することができるようになりました。

その土地ならではの慣習が分からず苦労した、失敗したということはありますか?

東京の方と比べると、地元の方々は新しいイベントや習い事などにあまり興味がないようで、私が企画したイベントにほとんど反応がありませんでした。また、有機野菜に関して、ほとんどの人が関心をもっていません。価値観、コスト感が東京と違い、人件費と収益が全く見合いません...。

地元と地元以外のクライアントの割合を教えてください。

首都圏:河口湖:その他の地方=6:0:4

デザインの仕事は、今までのお客様の紹介から発注されることが多いです。

有機農業に関しては、野菜販売の仕事を主に私が担当しているのですが、その営業としてマルシェに出店しています。スーパーにも少しですが、直接卸しています。対面での営業が一番良いことが分かってきたので、マルシェやイベントへの出店に力を入れていこうと思っています。

遠方のクライアントとスムーズに仕事をするために心がけていることはありますか?

LINEと電話を活用しています。タスク管理のネットサービスもプロジェクトによって使用していますが、使いなれない方もいるので、メールと電話で済ませることの方が多いです。

河口湖で働くことを選んで良かったこと・悪かったことを教えてください。

良かったことは、景観が良く、富士山や湖、森が近くにあることです。また、移住前は人間関係が業界の方ばかりで偏っていましたが、こちらではいろんな職種の方と話す機会が増えました。野菜販売でもさまざまな方と話すようになりました。こうした交流を通じて、人としての視野が広がったと思います。

悪かったことは、冬が氷点下になるほど寒く暖房費がかかること、車がないと不便な場所だということ。これは慣れていくしかないですが...。

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野菜販売中

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オリジナルのステッカーをつけて販売しています。

河口湖ならではの仕事の合間のリフレッシュ方法があれば教えてください。

町営の銭湯(300円)に行ったり、設備が充実した図書館で仕事をしたりしています。湖を見にドライブに行くのも楽しいです。富士山の見える畑で家族でお弁当を食べるのも、良いリフレッシュになっています。

現在の課題がございましたらお聞かせください。

利益目標が達成できてないどころか、赤字が回復できていません。農作物の事業と、クリエイティブの事業、どちらも地元で展開するのは限界があるので、東京への営業が必須です。また農作物の安定供給、販路開拓も進めなければなりません。

今後の目標をお聞かせください。

先日、有機野菜を都内のマルシェイベントに出店した際、地元の人が見向きもしなかった野菜を「安い!」と購入してくださいました。このように地元以外の方が私たちの野菜を認めてくださることで、地元の方々が見直してくれるといいな、と思っています。

また、この土地で農業体験イベントを実施し、国内外から人を集めたいです。オリジナルブランド商品を確立し、それを国内外に販売したい、という想いもあります。

最後に、地方で働くことに興味のあるフリーランサーへ、メッセージをお願いします。

私がデザインの仕事をしているからか、教育面、人間関係の面、仕事(経済)面で、理想的だとは決していえません。今住んでいるような比較的な小規模な地方の町には、広報や広告に予算をとっている企業が東京や地方都市に比べて少ないからです。税理士や社会福祉士など地域のニーズにあった職種であれば、重宝がられるかもしれません。

地方は、時間がゆっくり流れています。それが自分にとって心地よい方には、幸せだと思います。空気が綺麗で景観がよいところで自分のペースで仕事をし、自分らしくいられてこそ、次の活力が得られると思うからです。実際、私も、畑や土に関わることで、自分の中に、発想の引き出しが1つ増えていくことを実感しました。

変化が起きても工夫しながら突破していくことを楽しめる人であれば、おススメだと思います。

私自身、事業としては苦しい日々ではありますが、なぜか悲観的にはなっていません。都会にはない突破口があるように思えるからです。また、日焼けして真っ黒になっている夫の顔と、笑顔の息子をみていると、何となく幸せな気持ちになります。

ただ、収益をあげたい、もっと洗練したいという気持ちもあり、時々、東京に戻りたくなります。日帰りで帰れる場所にしたことは、こうした自分の気持ちを想定していたからです。無理に田舎だけで暮そうと思わず、安定するまでの期間、逃げ道を作っておいてもいいかもしれないと、個人的には思います。

※この連載のバックナンバーはこちらからご覧ください。

曽我 美穂

Writer 曽我 美穂

子どもの頃から環境に関心を持ち続け、現在はエコライター・エディター・翻訳家として独立。環境に関する雑誌やWebサイトでの執筆、翻訳、書籍編集、フェアトレードカタログの企画編集のほか、環境NGOやNPO法人の広報活動にも関わる。また、2年前から地元の公民館や自宅で、こども英語教室の運営も行っている。私生活では2009年生まれ、2012年生まれの二児の母でもある。

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