京都に暮らし、京都を書く|文筆家・編集者 高橋マキさん@京都府

地方で働くってどんな感じ? 地域ならではのフリーランス事情を知りたい!
「地方フリーランス生活」では、自分らしいスタイルで働く地方フリーランサーに、地方で活動することのメリットやデメリットのほか、日頃心がけていることなどを伺います。今回は京都府で活動されている文筆家、編集者、NPO法人京都カラスマ大学学長の高橋マキさんにお話をお聞きしました。

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■高橋マキさん プロフィール

活動地域 京都府
フリーランス歴 22年
職種

文筆家、編集者、NPO法人京都カラスマ大学学長

経歴

京都に暮らし、京都を書く。時にコーディネイトやスタイリングも担当。古い町家で昔ながらの京都の暮らしを実践しつつ、「まちを編集する」という観点から、まちとひとをゆるやかに安心につなぐことをライフワークにしている。著書に『ミソジの京都』『読んで歩く「とっておき」京都』『ときめく和菓子図鑑』など。

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現在は、どんなお仕事をしているのですか? 

京都に暮らしながら、雑誌や書籍を中心とする東京のメディアに、取材記事やコラムを書いたり編集したりしています。京都のまちのコーディネイターや和小物のスタイリストとして、映像や広告に関わることも。ラジオ番組にも関わっていて、FMラジオ「α-STATION アルファステーション」では、毎週日曜日にパーソナリティを担当しています。また、NPO法人京都カラスマ大学の学長として、まちづくりや学びにまつわるイベントや講座の企画、運営、コーディネイトなどもしています。

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京都にまつわる素敵な方を毎週のゲストにお招きする、ラジオのトーク番組

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NPO法人「京都カラスマ大学」の代表理事として、まちに誰もが学べる場をつくる。ここにも「編集」の力が必要

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これまでに手がけた書籍。自著、編集のみ、ZINE(個人で作った本・雑誌)と形態はさまざま

フリーランスになる前はどのようなお仕事をしていましたか? フリーランスになったきっかけを教えてください。

新卒でアパレル商社「TOMORROWLAND」に入社。ちょうどブランドが関西に大きく展開していく時期で、新卒ながら、店舗販売、支社での事務しごと、店長補佐や展示会への東京出張など、さまざまなしごとを体験させていただきました。

1年半で退社ののち、もともとやりたかった雑誌の編集職に就きたくて、知り合ったフリーランスカメラマンの押しかけアシスタントになりました。触ったことのない三脚を立てたり、急遽、パリへレンズを届けたりの日々。雇用関係にはなかったので、気がつけば、人手が足りないいろんな現場へ駆り出されるようになり、スタイリストのアシスタントをしたり、誰かが飛ばした原稿の穴埋め記事を書いたり、ロケハンを代行したり......。何でも屋さん状態ですね(笑)。

いわゆる「使える若手」として1年ぐらいを過ごしたのち、信頼する人たちから「書けるんだから、ライターやればいいじゃない」とアドバイスしてもらったのがきっかけで、ライターの道へ。まわりに、ひと世代上の素敵なフリーランスライター、フリーランスカメラマンの先輩方がいらしたので、特に大きな決断も迷いもなく、フリーランスという道を歩んでいました。

京都にこだわるようになったきっかけは?

もともと編集志望だったのですが、押しかけアシスタントという無償奉仕期間に、現場のディレクションを含め、ライターが編集的な作業を兼任している関西の状況を知ることができました。

実際に、これまでフリーランスのライターとしてのお仕事は、ほとんどが東京の出版社とのおつきあいなので、基本的に編集者が同行しない(というか、基本的にお会いすることなく仕事する)。ロケハン、取材候補のリスト出し、アポ入れ、ラフづくり、カメラマンなどのスタッフの手配、現場のディレクション、スタイリング、写真のセレクト、校正などなど。もちろん媒体によりますが、ほぼ「ひとり編集プロダクション」状態です。「書く」以外の仕事の方が多いライターです(笑)。師匠も上司もいないので、そんなはたらき方がライターとして一般的なのか特殊なのかさえ分からないのですが...。

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ハイファッション誌に伝統工芸をスタイリングしたり、京都のカフェシーンを支えたり、京都ブームを牽引したり。雑誌というマスメディア(雑誌)に、東京から発信されるトレンドではない、京都という「地域の今の気分」みたいなものを書く

2008年に編集者・後藤繁雄さんのお声かけがあって『ミソジの京都』という自著を上梓してからは、コラムの執筆、連載、地元のラジオやテレビへのレギュラー出演など、おしごとが多岐に渡るようになりました。プロボノというカタチで、「シブヤ大学」の姉妹校・NPO法人「京都カラスマ大学」の理事長もつとめています。

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2008年に出版した著書「ミソジの京都」(光村推古書院)

フリーランスで仕事をはじめるにあたって、苦労したことはありますか?。

先にお答えした通り、「使える若手」時代に出会った諸先輩方が、しごとを紹介してくだったのがはじまりです。ただ、ひとつだけ告白すると、「『3年やってる』と言って、どんなしごともやりなさい」と入れ知恵してもらっていたので、3年目までは経歴詐称をしていました。ごめんなさい(笑)。

資格が必要というわけではないので、まわりのみなさんが「あの子に頼んでみたら?」「あの子がいいんじゃない?」「やってみる?」のひと言でわたしを動かしてくださったんだと思います。これから夢を叶えたいと思っている大学生や 20 代の方には、エントリーシートをいくつも書くよりも、とにかくそのしごとの近く、好きな大人の近くで「使える若手」になってみることを、ぜひオススメしたいです。

「どんな仕事も引き受ける」というスタンスは、今でも変わりません。これまでにスケジュールの都合以外でお断りしたのは、唯一「3日後、フランスの女優・ソフィ・マルソーのインタビューに(ひとりで)行けますか?」という依頼だけです(笑)。ちなみに、この夏は、ショートフィルム(ドキュメンタリー映画)の製作(監督と撮影者)というしごとに初挑戦していて、人生何が起こるかわからないなあと思っているところです。

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テレビ出演、講演など、書くこと以外にもいろいろなお声がけをいただく。2018年の夏はハンディカムを持ち、ショートフィルムの製作に挑戦!3ヶ月間かけて、京都の日常を切り取る。難しい!

京都ならではの慣習が分からず苦労したことはありますか?

逆ですね。京都は東京に次いで特別な街なので、東京のクライアントに京都のことをわかってもらうのが意外と大変です。

例えば、すごく有名な京都ブランドも、中小企業、家族経営だったりするのがあたりまえ。社長ご自身が取材対応をしてくださることになるので、取材日時の調整もなかなかにハード。「(モノを)東京で撮影するので、明日までにサンプル品を送ってもらえますか?」という依頼も、広報専属の社員がいらっしゃる訳でもなく、大量生産でない工芸品の場合がほとんどのため、先方にとっては無理難題。また、どんなに良い写真を撮ってくださるカメラマンさんでも、料亭に取材に行くのに、短パン&素足で現場に現れたりすると、ちょっとした冷や汗をかくことになります。「京都に取材に行って怒鳴られた」武勇伝を持つ方が結構いらっしゃるらしいのですが、わたしはこの街に暮らしているので、怒鳴られるのはご勘弁願いたいです。

こういうシーンで「東京のあたりまえ」と「京都のあたりまえ」をあっちからこっちへ、こっちからあっちへ、「翻訳」するのも、わたしのしごとのひとつになっています。「京都取材はギャラを3倍いただいてもいいかも」と本気で思うくらい、毎日気を使ってます。

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京都は、「東京のあたりまえ」が通用しないまち

地元と地元以外のクライアントの割合をお聞かせください。

紙の仕事 東京:京都:その他地方=9:0.5:0.5
紙以外の仕事 東京:京都=1:9

クライアントとは、基本的には電話とメールで連絡を取り合っています。スケジュール調整、現場での変更事項など急いで対応すべきことは、SNSのメッセンジャーも活用しています。

最近のことで特筆すべきは『TURNS』という雑誌。出版社は東京にあるけれど、副編集長以下、編集者全員が地方在住者という変わった体制に挑戦しています。顔を会わせることのない編集者とデザイナーが、Dropboxを使い、いわば「クラウド編集部」のようなスタイルで隔月の雑誌を発行しています。東京発信でありがなら、東京に集約しないという、ありそうでないスタイルが先進的で気に入っています。

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29号のリニューアル以降、編集・執筆で関わる「TURNS」。地方在住の編集者でつくり、東京から出版するという実験的なスタイルにも共感

余談ですが、フリーランスライターとしてしごとを始めたばかりの頃、8万円しか貯金がないのに、そのお金をはたいて中古の Mac を買ったのが懐かしいです。当時、雑誌の編集者の中には、(会社からPCが支給されているにもかかわらず)かたくなにワープロを使い続け、ケータイを持たない主義の人もたくさんいて、それはもう大変でした(笑)。ワープロ、ファックス、メール、新幹線便(今もあるのかな?)など、先方の都合に合わせてツールを変えて東京に原稿を届け続けてきたことを思えば、今はITの進歩に感謝しかありません。

京都で働くことを選んで良かったこと・悪かったことを教えてください。

他の土地で働いたことがないのでわかりませんが、狭い京都の街中には、昔から「職住一体」の暮らしが根付いているため、誰かと出会うこと、どこかに遊びにいくこと、何かを食べること、すべてがいつか巡り巡ってしごとに結びつく。「しごとができるライター・編集者」であると同時に、「よき隣人」であることも大事。これが、居心地いいなぁと思う時と、息が詰まるなぁと感じる時、両方あります。

仕事の合間のリフレッシュ方法を教えてください。

仕事と暮らしの線引きがかなりあいまいですが、わたしには合っているはたらき方だし、京都の市内中心部はむかしから「職住一体」の街なので違和感なく受け入れられています。「生きるようにはたらく」ことが性に合っているので、ストレスを感じることはありません。

友だちに会いに行けば、家が清々しい神社だったり格式あるお寺だったり、能楽師に「週末、空いてたらおいでよ」と言われれば「いいね、行くよ~」くらいの気分でお能を観れたり、国宝級の人がたまたま隣でお酒を飲んでいてちょっといい話を聞かせてくださったり、それが実は友だちのお父さんだったり(笑)。日常の延長上に「本物」があるのが京都のまち。東京とはまた違う種類のカルチャーを日々浴びることが、リフレッシュになっている気がします。

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よきライターであることと、よき市民であることをきちんと両立させながら、しごとをすることを心がけている

現在の課題をお聞かせください。

課題は3つあります。大好きな雑誌というメディアが、業界として全体的に低迷していること。また、メディアから求められる「ステレオタイプな京都」に、自分自身が飽きてしまわないようにすること。自分の肩書きがよくわからなくなってしまい、説明しづらくなってきたことです。

そういった課題を踏まえた、今後の目標をお聞かせください。。

情報を得る媒体が、紙からWEBへ次々と移行する中「私のしごともWEBに移行していくのかな?」と思ったことがありました。でも、何度書かせていただいても、WEB記事は「届ける相手が宛先不明」な気がして、しっくりきません。編集部の方々に「この記事は、誰に向けて書けばいいですか」と聞いても、明確な返事が返ってくることはほとんどなく「誰でも読めますよ」という。じゃあ、ほんとうに誰にでも読んでもらえる可能性があるのかと考えてみれば、そうでもなくて、日本語で書いている限り、(ほぼ)日本人にしか読んでもらえない。

そんなあたりまえのことに最近気付いて、自分が書くにせよ、翻訳してもらうにせよ、WEBに記事を書くなら英文が理想的だと思い始めています。この理想を可能にしてくれるパートナーに出会いたいです。

一方で、そんな時代だからこその、紙媒体の可能性にもまだまだ挑戦したいです。「こんな読者に届けたい」という明確な意思を持つ紙媒体は、レイヤーが違うから、WEBメディアがライバルにならないはず。ジャンルは問わず、そういった、意思ある紙媒体にはどんどん書いて&編集していきたいです。

あと、楽しいしごとは何でもやってみたいので、いっそもう、肩書きを全部なくしてしまいたい!

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タブロイド版英字フリーペーパー「ENJOY KYOTO」。わたしの書いた日本語の原稿が翻訳され、紙面には英文だけが掲載される。かなり深いところを書くので、翻訳者との対話、ディスカッションも真剣に。すばらしき京都の、日本のカルチャーを、ひとりでも多くの方に伝えるためには、英文での発信が欠かせないと感じている

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左・「ときめく和菓子図鑑」(山と渓谷社)。お茶席の教科書でも、手作りのレシピ本でもない和菓子の本。20代男性もしっかりときめき、60代女性も眉をしかめない内容を目指した。右・「本は今、ほんとうに読まれていないのか?」を考えるために、自費出版にもトライ。3ヶ月で1000冊売り切った「珈琲のはなし。」は、京都の50件の喫茶店についてのコラムをまとめたもの

最後に、地方で働くことに興味のあるフリーランサーへ、メッセージをお願いします。

京都を地方だと思ってない京都人がいうと、まったく説得力がないですが(笑)、現代から未来を生きるわたしたちは、「東京と地方」「フリーランスと会社員」という二極でモノを考える必要は、もうないんじゃないかなぁと思っています。今はどこにいてもパソコンとスマホがあればなんもできるし、好きな時にどこにでも、たった数時間で移動できる時代ですよね?

「はたらく」ということは、何であれ社会の役に立つことなのだから、胸を張って、それぞれがやりたい場所でやりたいこと・得意なことをしごとにすればいいと思います。平成をまたいで、昭和のお茶の間文化はすでに消滅し、いよいよダイバーシティの時代が到来しています。形式にとらわれることは、もはやナンセンスです。

↑と、ここまで読んで、「そうだ、そうだ!」と勇気が出た方は心配いりません。でも、「そんな簡単にいわれても~」「それじゃあマネタイズは~」と、眉をひそめてしまった方は「みんなと一緒でなければ、ついつい不安になるタイプ」なので、考え直すほうがいいかもしれませんね。

生きること、はたらくことに対する「自分の軸」と「覚悟」さえしっかりしていれば、どこで何をしていても、ハッピーに生きていけると思います。

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覚悟と嗅覚を養って、はたらき方も、生き方も、じぶんで選ぼう

※この連載のバックナンバーはこちらからご覧ください。

曽我 美穂

Writer 曽我 美穂

子どもの頃から環境に関心を持ち続け、現在はエコライター・エディター・翻訳家として独立。環境に関する雑誌やWebサイトでの執筆、翻訳、書籍編集、フェアトレードカタログの企画編集のほか、環境NGOやNPO法人の広報活動にも関わる。また、2年前から地元の公民館や自宅で、こども英語教室の運営も行っている。私生活では2009年生まれ、2012年生まれの二児の母でもある。

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