出生前診断の誤診を問う裁判で見えてくる建前とリアルのはざま。家族も「当事者」

出生前診断で「異常なし」とされ、産まれてきた我が子は、ダウン症だった。母親は医師と医院を相手に提訴する――。『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』(河合香織、2018年)

2011年、41歳の母親が、胎児の染色体異常を調べる羊水検査で、ダウン症との結果が出ていたにもかかわらず「異常なし」と伝えられ、男児を出産。男児は、生後3か月でダウン症に起因する合併症で亡くなった。
母親は、誤った検査結果を伝えた医師と医院を相手に「出産するか中絶をするかを自己決定する機会を奪われた」として、1000万円の損害賠償を求める訴訟を起こす。

ダウン症の子と共に生きる家族、ダウン症の当事者、家族にゆだねられた選択に苦しむ医療関係者、優生保護法下で強制的に不妊手術を受けた人......。多くの人たちの声に耳を傾けながら本書で浮かび上がってきたのは、社会の本音と建前のはざまに陥った「当事者」たちの姿だった。

訴訟を追うことで見えてきた矛盾 

子どもの染色体や遺伝子の異常を出産前に調べる方法には、体外受精した受精卵を調べる「着床前診断」と、妊娠後、胎児を調べる「出生前診断」があります。これらの検査で陽性と確定した人の多くが、人工中絶を選択しているのが現状です。

しかし実は、母体保護法において中絶は「身体的理由」か「経済的理由」のみに限って認められています。つまり、現状行われている胎児の障がいや病気を理由にした中絶は、この「身体的又は経済的理由」を拡大解釈して行われており、「障がいを理由とした中絶を日本の法律は認めていない」のが建前なのです。

医師側はそれを盾に、現実に障がいを理由にした中絶が多く行われているにもかかわらず、「そもそも中絶をする権利がないのだからこの訴状は成り立たない」と、中絶の選択権を問う訴えそのものを問題視した主張を展開します。はたして裁判の行方は、そして母親の思いとは......。

このような「障がいをめぐる建前とリアルのはざま」は、出生前診断だけの話ではありません。 たとえば、日常的に医療を必要とする医療的ケア児。19歳以下の医療的ケア児は全国に約1万7000人いると推計されており、医療の進歩によって、この10年で倍近くに増えています。

憲法26条で「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と、教育を受ける権利が保障されています。しかし一方、リアルな社会では、園や学校側に受け入れを拒否されたり、保護者の同伴登校を入学の条件にされたりと、「平等」とは言い難い状況に直面している当事者や家族が多くいるのです。  

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家族も当事者。彼らが直面する暗闇に光をあててくれた本 

重い障がいを持つ子どものお母さんが「この子は、国も隠したい存在なのだと感じるときがあるんです」と漏らしていました。それほど深い孤独を抱えながら子育てをしなければならないのかと、ずっと心にひっかかっています。  

本書のなかで、裁判について感想を聞かれたダウン症の女性が、次のように答えています。
「検査を受けざるを得ないことがかわいそう。苦渋の選択を迫られるお母さんはかわいそう」。

この裁判に、そして本のタイトルに怒りを感じる人もいると思います。でも、読み進めると、葛藤を抱えながらも、産まれた我が子を思う母親の深い愛情を感じることができました。

障がいを持つ人たちの家族から「自分には障がいがないから声を上げる資格はない」といった言葉を聞くことがあります。もちろん「障がい」による苦労や痛みついては、家族にも本当には理解できません。でも、障がいをめぐる社会の建前とリアルのはざまに陥った苦しみは、家族も同じだと思うのです。

家族などの自分の大切な人たちの幸せを願わない人はいないでしょう。それは障がいをもつ人たちも同じ。理不尽さがあれば、障がいをもつ当事者以外の、家族や周りの人たち「当事者」も、声を上げられる、そして、その声を大切にしてくれる社会になることを望みます。

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(OECDのデータより作成)

「ひどい親だ」と、表面的な理解による嫌悪感で終わるのではなく、母親の心のうちと社会がかかえるはざまに光をあててくれた本書。

2013年から始まった新型出生前診断を実施する認定施設は、現在約90ヵ所あり、日本産婦人科学会は、今後さらに施設を増やしていく方針だといいます。
はざまに陥る当事者たちがこれ以上増えないよう、法律などの整備やケアを充実するための議論を願います。

桐田 さえ

Writer 桐田 さえ

出版社等に勤務後、2013年よりフリーランスのライター・編集者に。また、産後3か月で社会福祉士を取得。現在は、当事者や専門家、高齢者施設等を取材し、主に障がいや介護に関する記事や実用書、専門書のお仕事が中心。子どものときに、おたふく風邪による難聴(ムンプス難聴)で片耳を失聴した。一女の母。

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