フィレンツェ人の気質

国内外で暮らす女性たちが、「しなやかに、じぶんらしく生きる」日常をお届けするエッセイ。
コロナ禍で先行きが見えない生活の中で、バタバタ忙しい日常の中で、少し狭くなりかけた視野を広げ、自分らしく生きるヒントをお届けします。

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数年前、友人から「生粋のフィレンツェ人の友達はいるか」と聞かれました。
同じ建物に長く住んでいることもあり親しくなった大家さんはフィレンツェ人だし、学校を出たあとも親しくしているジュエリー学校の恩師たちもフィレンツェ人なので、「いるよ」と即答すると、「学校と家を除いてプライベートで友達になったフィレンツェ人は?」と食い下がってくる彼。
そのとき初めて、"フィレンツェ人"で"友達"と呼べる人がいないということに気がつきました。私が親しくしているイタリア人たちは他の街の出身者ばかりで、その質問を投げかけてきた友人も同じトスカーナ州内ではありますがアレッツォの出身です。

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出典:みみみ。via イラストAC


大半のフィレンツェ人がかなり閉鎖的だというのは、ここに住むようになってから知りました。親しくなるのにきっかけが必要だし、時間がかかります。

私たち日本人の大半は、イタリア人は概して"陽気で気さく"というイメージを持っていますが、それはローマ以南の南イタリア人のステレオタイプで、北イタリア人はちょっと違うんです。
この明るくオープンなイタリア人というイメージは、日本でタレント活動をされているナポリ出身の典型的な南イタリア人、ジローラモ・パンツェッタさんの影響がかなりあるようです。

日本でイタリア語を学んでいたときの先生は北部の街パドヴァの出身で、「ジローラモさんの影響でナポリ人のステレオタイプがイタリア人全体のステレオタイプとして日本で認識されているのが耐えられない。彼の周囲の日本在住北イタリア出身者はみんな同じ気持ちだ」と言っていたのを思い出しました。

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フィレンツェを象徴するドゥオモ

陽気で気さくという印象を持たれるのは悪いことではないと個人的には思いますが、彼らはイタリア人である以上にパドヴァ人であり、アレッツォ人であり、フィレンツェ人なので、ナポリ人のイメージでひとくくりにされたくないのでしょう。何しろ自分の国であるイタリアよりも自分の街を愛しているのですから。

というのも、イタリアは意外にも歴史の浅い国で、1861年に長靴型の半島全体が統一されてイタリアとなってからまだ160年。それまではフィレンツェもパドヴァもナポリもそれぞれが独立国家だったので、この強い郷土愛はその名残なのですね。
フィレンツェ人が閉鎖的なのも、山間部の盆地に位置する城壁に囲まれたこの中世の街は、周囲の国々と絶えず戦争を繰り返していたので、よそ者をなかなか信用しない気質になったのかなと考えています。

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現在は市庁舎および美術館になっているベッキオ宮殿。最初はフィレンツェ共和国の政庁舎だったそうです。

20代のころ初めてイタリアを一人旅したとき、すべてが好印象だったローマに対して、フィレンツェは街はきれいだけれど人が好きになれず悪印象でした。
学びたいと思えるジュエリー学校がここになければきていなかったと思います。でも住めば都とはよくいったもので今はすっかり自分の街になりました。ほんとうに人生何が起こるか分かりませんね。

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ミケランジェロ広場から眺めたフィレンツェ

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Sachi

Writer Sachi

大学でのイタリア美術史研究に端を発するイタリア愛が高まり、2013年秋に東京での会社員生活を捨ててイタリア・フィレンツェのジュエリー学校へ留学。2年間在学の後この地に留まり製作を続けています。
未来の自分が後悔しないために、やりたい事は実現させる。今を楽しむ!をモットーに、40代シングル外国人には決して楽しいことばかりではないイタリア生活を、マイペースに”楽しく”やっています。

instagram:@sacifelice Online shop: Felicina Design

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