Vol.22 ヴォーカリスト・ヴォーカル講師 平井あみさん

Profile

5歳でピアノを始め、中学・高校時代はバンドに参加。高校在学中に出会ったヴォーカルの先生の影響でジャズに興味をもち、アメリカへ留学。在学中から個人での演奏活動を行う。一方で、講師としての仕事にも楽しさを覚え、2005年に帰国後はヴォーカリスト兼ヴォーカル講師としてフリーランスに。2枚目のオリジナルアルバムを2010年上旬に発売!

平井さんのサイト
Ami Hirai Official Website

ジャズとの出合いが人生を大きく変えていく!

vol22_1.jpg

ある日のライブの模様。場所や日によって編成を変えるそう。歌っているときのあみさんの表情はとても楽しそう!

 ふたつの仕事を同時に叶えるために、フリーランスの道を選んだ人がいる。平井あみさん、ヴォーカリストであり、ヴォーカル講師。表舞台に立つ「表現者」と、裏方として教える「指導者」を両立させ、独自の音楽ワールドを展開する。なぜこうしたワーキングスタイルに行き着いたのか? それには高校卒業後、アメリカへと渡り、音楽留学を果たしたことが大きく関与している。

 そもそも音楽との出合いは5歳のとき、ピアノを習い始めたことがきっかけだ。やがて、歌うことの楽しさにも目覚め、高校に入るとヴォーカルの個人レッスンを受けるように。当時は、ポップス系バンドに参加し、バックコーラスやキーボードを担当していたが、あみさんの"歌うこと"に対する真剣さを知った先生は、アメリカへの音楽留学を提案する。

「その先生の影響でR&Bやジャズに興味をもつようになったのですが、本格的に歌をやりたいなら、本場に行ってはどうか、とアドバイスされて......。私自身、ずっと歌っていきたいと考えていたので、年を重ねるごとに歌い手の人間性が表れ、味わいを増すジャズには惹かれていました。それで迷わず留学を決意したのです」

 正直なところ、"シンガーとしてデビューする"というのが一番の目標なら、あみさんの実力とルックスがあれば、高校在学中にデビューするのも夢ではなかっただろう。だが、彼女が目指していたのは "長く歌い続け、音楽とともに生きること"。それには、ジャズほどふさわしい音楽はない。

 とはいえ、両親にしてみれば両手をあげて賛成というわけにはいかなかった。父はフォークギターを、母はフルートを親しむ家族ではあったが、「音楽で食べていきたい」という娘の思いを受け止めるのは難しく、心配は募るばかり。「そこで、少しでも安心させたくて、奨学金を得て、Jazz学科で名高いノーステキサス州立大学に入学しました。おかげで、私の真剣な思いを少しずつ理解してくれるようになりました」。

売り込みからギャラ交渉まで、フリーランスの基礎は留学生時代に体得

vol22_2.jpg

つねに持ち歩いているネタ帖とレコーダー。思いついたことを書き留めたり、頭に浮かんだメロディを録音したり。なくてはならない必須アイテムだ。

 「英語もできないままに渡米したので、最初の半年間は語学学校で英語の勉強ばかり(苦笑)。でも、そのうち『私はこんなことをするためにアメリカに来たんじゃない!』と焦ってきまして......。それで、入学前にもかかわらず、大学の事務室に行って、『プライベートレッスンを受けたいから、先生を紹介してほしい!』と直談判。あやしい英語で必死になって訴える姿に、『なん、なんだ!? このアジア人は!』と思われたんじゃないかな(笑)」

 こんな突撃エピソードでもわかるように、あみさんの留学ライフはとことん前向き、エネルギッシュだ。それには、アメリカならではの"やりたいことをはっきり言える環境"が影響している。"なんでも自分でやる!"という土壌も然り。プライベートレッスンを受けながら、大学生活が始まると、少しずつ音楽仲間が増え、その縁からコーヒーショップなどで歌い始めるようになった。

「売り込み方からギャラの交渉、デモテープの作り方まで、いろんなことを友だちから教わりました。ステージの後にはダメ出しもしてくれましたし(笑)。フリーランスの基礎はここで学んだようなもの。すべて体当たりで覚えていきました」
なるほど、今と変わらぬ歌い手としての仕事を学生時代にすでに経験済み。しかもアメリカという異国の地で、見よう見まねで試行錯誤を繰り返しながら!

 渡米前は、日本に戻らず、本場でシンガーの道を歩むことも考えていたあみさんだが、卒業すると気持ちは一変する。というのも、OPT(*)を利用し、音楽学校で働き始めたのだが、プライベート、グループレッスンを含め約40名の生徒たちにヴォーカルレッスンを指導するうちに、"教える"ことのおもしろさにも気付いたからだ。

「どんなにあがいても私はアメリカ人にはなれない。音楽で成功するには、日本人であることをメリットにすべきと考えました。ならば、一度日本に帰ろう、と」
こうして音楽で生きる土台づくりのために帰国。渡米から6年半、2005年のことである。

*Optional Practical Training;大学や大学院を卒業後に一年間限定で仕事をするためのビザ。学生ビザから就労ビザに移行する間に利用される)

ふたつの仕事が影響し合い、さらに豊かなAmiワールドを創る

vol22_3.jpg

レッスンで併用しているオリジナルテキスト。レッスン中、生徒さんからよく質問される技術的な疑問や声の悩みに答えつつ、レパートリーを増やせるように作ったワークブック。誰でも「使える」、「身につく」コンテンツを充実させることを目指したという。

 帰国後、あみさんはジャズヴォーカリストとしてライブ活動を行うかたわら、講師としてジャズやポップスのヴォーカルレッスンも手がけるようになった。その割合は、ちょうど半々。これがベストなのだという。

「アメリカで"教える"ことの楽しさを知り、講師の仕事に就きました。現在、音楽メーカーと業務提携した教室と、自分でスタジオを借りて行う個人教室の両方で教えています。講師の仕事は生活のために必要な手段。安定した収入があることで、経済的にはもちろん、精神的にもバランスがとれています」

 さらに、教える仕事は、表現者としてのあみさんに予想外の効果を与えている。

「歌っているときの生徒さんの表情はみんなキラキラ! 『歌えるようになってうれしい!』、『この1時間のために、1週間がんばっているんです!』など、生徒さんの声を聞き、その人生に触れるたびに、いろいろなことを教えられ、私のなかに新たな視点が加わります。もしもヴォーカリストだけだったら、おそらく気付かなかった世界がここにはある。曲作りを行う上でも、それはいいヒントになっていますね」

 ちなみに、あみさんはヴォーカリストとしても事務所には所属せず、フリーランスを貫いている。会場やバンドの手配、集客といったマネージメント業務もすべて自らこなす。理由はただひとつ、自由に音楽活動を展開していきたいから。

「事務所に入れば、煩雑なマネージメント業務を代行してくれ、歌に専念できるのかもしれません。けれど、『ジャズヴォーカリストの平井あみ』と限定されてしまいかねない。ジャズは好きだけれど、ジャズだけに縛られたくない。もっと自由に音楽を楽しみたい。そのためには、できるだけシンプルなカタチで動いたほうがいいと思ったんです」
その言葉どおり、あみさんは音楽を愛する仲間とともに、ジャンルを超えて活動を展開する。

自ら歌い、そして歌うことの素晴らしさを教えるーーー。それはまるで車輪の両輪となって、あみさんの進むべき道をしっかりと導いている。

ある一日のスケジュール

08:00 起床。ウォーキングやヨガをして体を動かしてから朝食
09:00 メールチェックなど事務作業後、身支度
11:00 レッスンのあるスタジへ向かう途中、昼食を済ませる
12:00 レッスンスタート
16:00 レッスン終了。後片付け、打ち合わせ終了後、曲づくりをしたり、自分の練習を行う
18:00 ライブ会場に移動して準備開始。軽く夕食を済ませる
20:00 ライブ本番開始。この日は1セット約45分ほどのステージを2セット行う
23:00 ライブ終了後、後片付け
24:30 帰宅。入浴などプライベートタイム
02:30 就寝

ピンチもこれがあればOK!私の最終兵器はコレ

最近、始めたヨガ。「これまでは若さで体力勝負的なところがあったのですが、だんだん体調&健康管理にも気を配るようになりました。私の場合、体が楽器ともいえるので、そのメンテナンスという意味合いもありますね。体がほぐれてくると、声も出やすいんです」。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

フリーランスで働くメリット、デメリットは?
メリットは、繰り返しになりますが、講師と歌い手の仕事が互いに影響し合い、どちらにとってもいい結果を生んでいること。とくに、事務所に所属していないので、ヴォーカリストとしていろんな人とコラボができ、新たな世界が広がっています。その一方で、ひとりで動いているからこそ、人の目にふれ、耳に届く範囲が限られてしまうデメリットも。会場やバンドの手配もすべて自分にかかってくるので大変ですね。敏腕パートナー募集中です(笑)!
スキルアップのために続けていることは?
定期的にヴォイスレッスンやヴォイストレーニングを受けています。時々「教えてもらう」立場にたつことで、ヴォーカリストとしての自分をブラッシュアップさせるだけでなく、講師としても教え方のアイディアやボキャブラリーを吸収できるので欠かせませんね。
仕事のボリュームコントロールはどうしてる?
講師の仕事は年間で大体決まっているので、それに合わせて空いている日や時間にヴォーカリストの仕事を入れています。それぞれ時間が読める仕事なので、スケジュールを立てる上ではそれほど大変ではありません。2つの仕事の割合をフィフティ・フィフティにしているのは、ライブの仕事の比重が増えてしまうと、正直精神的にキツイから。マネージメント業務もあるだけに、かなり神経を使います。結果、ライブのクォリティが下がってしまう危険性もあるため、今のようなスタイルにしています。あと、収入を安定させるという意味でもバランスをとるようにしています
尊敬する人は?
現在制作しているCDのプロデューサーでもあるMaxayn Lewis。帰国してすぐに、知人のツテで渋谷の音楽スクールで外国人講師の通訳兼アシスタントとして勤務したのですが、そのときの講師が彼女だったんです。Diana Ross、Celine Dion、Michael Jackson、Madonnaや、日本人では、Toshinobu Kubota、杏里、中森明菜、安室奈美恵など、数々の有名ビッグアーティストと仕事をしてきた大御所的存在なのですが、私を対等に扱ってくれ、公私にわたってアドバイスをしてくれます。私が曲を書いて、詞をつけてもらう時もあるのですが、いつもイメージどおり! 今はL.A.に戻られているので、会えるのは年に1、2度。会えば必ず、ヴォイストレーニングをしてもらいます。
今後の夢は?
歌い手、作り手としては、今後はCMや映画へ楽曲提供していけたらと思っています。あと最近、定年された方たちによる"おやじバンド"なるものがブームになっているようですが(笑)、そんな音楽を通して自分を輝かせることができたり、他の人と交流が深められたりできる、スタジオを兼ねた場をつくりたいですね。そこで、私が教えるのもいいなって(笑)。

表現者であり指導者。
音楽で生きるために選んだふたつの道

Rhythmoon編集部

Writer Rhythmoon編集部

Rhythmoonでは、フリーランスに役立つ記事を執筆してくださる女性フリーランサーを随時募集しています。詳細はこちらから問い合わせください。

Rhythmoon編集部さんの記事一覧はこちら