Vol.28 美容師 杉山美郁さん

Profile

高校卒業後、ヘアメイクアップアーティストを目指し広島から上京。専門学校を卒業後、ヘアメイクの仕事に就くが、働きながら通信教育を受けて28歳で美容師の資格を取得。その後、複数の美容室で勤務するが、お客さまの気持ちに立ったマンツーマンスタイルの施術実現のためにブースレンタルという働き方へ。昨年12月に、自由が丘にプライベートサロン「flavour★salon」をオープン。

時間に追われる仕事と暮らし。美容室に所属することに疑問を感じて

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杉山さんのプライベートサロン「flavour★salon」。やわらかな白とナチュラルな木の組み合わせが、ほっこりと心を癒す。ついついおしゃべりに花が咲き、長居してしまうお客さまも多いとか。

美容師の世界にもフリーランスという働き方がある。スタッフを雇い、自分の店をもつというのではなく、お客さまから予約があった時だけ既存の店の一席を借り、そこで施術。終わり次第、その店に使用料を払い、自分も帰宅するというものだ。こうしたやり方は「ブースレンタル」と呼ばれ、欧米では広く知れ渡っているという。近年、日本でも増加の傾向にあり、これをいち早く取り入れたのが杉山美郁さんである。

「店に所属していると、どうしても時間に追われてしまいます。朝も早く、夜も遅い。休みの日も普通の人とは違う。それに、混み合ってくると、お客さまとのコミュニケーションもおざなりになってしまい、誰と何を話したのかも忘れてしまう。ですから、予約制の小さな店に勤めることにしました。ちょうど同じ店で働いていた先輩が独立することになり、一緒に付いていくことにしたんです」

だが、現実は甘くない。ある事件がきっかけで、杉山さんはその店で働くことに疑問を抱くようになる。

「14時に私のお客さまがお見えになるという日、13時55分頃に予約なしの新規の方がいらっしゃいました。他のスタッフはみな出払っていたので、手の空いていた私が担当するように店長は命じたのです。あと5分でお客さまがいらっしゃるというのに! 案の定、14時にいらしたご予約の方は待つ羽目に。でも、十分な待ちスペースもないほどのこぢんまりとした店でしたから、事情を説明し、頭を下げ、『もしよかったら30分後に来ていただけませんか?』とお願いしました。その方は状況を理解してくださいましたが、疲れているからカットは別の日にするとの返事。申し訳ない気持ちでいっぱいになると同時に、理不尽なやり方に腹立たしい思いもこみあげてきました。本来なら、ご予約の方を優先し、新規の方に待っていただくべきなのに......」

店を出す前は、「お客さまとの時間を大切にした予約制の店にしよう」と一緒に夢を語り合っていたのに......。新規獲得、利益優先? 納得のいかないモヤモヤとした思いが、杉山さんの胸の内にどんどんふくれあがっていくーーー。

"私"を選んでくれた人たちのために、ブースレンタルという働き方へ

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世界にひとつしかないシャンプー台。コストダウンのために、専門業者に依頼することなく、タイル貼りなどできるかぎり自分の手で工夫したという。

「結局、数ヶ月後にその店を辞めました。結婚も決まり、しばらくはのんびりしようかなって。でも、しばらくすると、お客さまからお手紙をいただきまして。『いつ復帰するんですか? どこのお店に入るんですか? 決まったら教えてくださいね、行きますから』って。さらに、以前の店の同僚からも『お客さんから電話が来たから、携帯の番号を教えておいたよ』という話を聞かされて。こうしたお客さまたちのために何かできないか? そう思って行き着いたやり方がブースレンタルだったのです」

当時、近くに住んでいた自由が丘にブースレンタルができる店を見つけ、さっそく以前のお客さまたちに案内を出した。月曜を定休日とし、残り6日間を稼働日に。自由が丘は遠すぎるという埼玉や千葉のお客さまのために、週に一度は銀座でブースレンタルを行った。

「収入は相当減りましたよ(笑)。単純に半分くらい。でも、時間を気にすることなく、お客さまひとりひとりと向き合って仕事ができるのはうれしかったですね」

朝早く出勤し、夜遅く帰宅することもなければ、店の掃除やタオルの洗濯、閉店後のレッスンなども一切ない。予約が入らなければ、その日は休み。マイペースで好きな仕事ができる喜びを味わった。

「お客さまとはその場限りのお付き合いではなく、次にお見えになったときに、前回の会話を覚えていて、『そういえば、あれはどうなった?』って、続きの話ができるような間柄でいたいんです。極端な言い方をすれば、一生、"お友達"でいたい。マンツーマンにこだわってブースレンタルを選択したのもそこにあります」

他の誰でもない、"私"だからこそ来てくれる。"私"を選んでくれた人の思いに応えたい。だが、ブースレンタルの限界にも杉山さんは気付いていた。

「いくらマンツーマンとはいえ、周囲には店のスタッフや他のお客さまがいるので、子連れでは来づらかったり、会話を楽しみたくても、やっぱり遠慮される方も。また、午前の早い時間帯を希望されても、お店が12時オープンのため、お断りしなくてはならない。気ままなブースレンタルの生活を7年あまり続けてきましたが、私を慕ってくださるお客さまのためにもきちんとした自分専用のスペースが欲しいと思うようになりました」

ブースレンタルの限界を感じ、昨年12月、ついに自分の店をもつ!

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手作り石けん作家の方による作品コーナー。いずれは石けん作りのワークショップも開催したいと語る杉山さん。髪にはもちろん、環境にもやさしい石けんシャンプー愛好家のひとりだ。左奥にあるのはアクリルたわし。

背中を押してくれたのは両親だった。
「昨年の9月頃だったかな? 帰省したときに、『いつか自分の店がもてたらいいな』と何気なく話したら、言われたんです。『やりたいならやれ』って。以来、『物件は見て回ったか? 資金繰りはどうなんだ?』とせっつくんです(笑)。そうなると、こちらも『やらなきゃ!』って、馴染みのある自由が丘で物件を探しはじめました」

事態は一気に急展開。縁あって、ひと月後には今の店がある賃貸マンションと契約を交わすことができた。初期費用を抑えるために、住居用の物件を美容室用にリフォームするという条件で探していたのだが、なんとこちらのオーナーは元・理容師。杉山さんの事情をよく理解してくれ、リフォームも快諾してくれた。

「12月が一年でいちばんの繁忙期。それに合わせてオープンできるように、準備を進めました。夫は音楽関係の映像プロデューサーなんですが、彼もフリーランスのため、都合がつく限り、開店準備を手伝ってもらいました。コストダウンのために、できることはなんでも自分たちでやりました(笑)。床やタイルを張ったり、押し入れを改造して棚を作ったり。インテリアも手持ちのものが多いですね」

そうして仕上がった念願の店は、フレンチカジュアルなテイストが漂う"美容室らしくない美容室"。杉山さんの温かな人柄が感じられる居心地のいい空間だ。完全予約制で、スタッフは杉山さんひとり。文字どおり、マンツーマンで施術する。閑静な住宅街に建ち、目立った看板もないだけに、知る人ぞ知る隠れ家的なプライベートサロンだ。花粉症の治療をきっかけに東洋医学やオーガニックに目覚めた杉山さんは、シャンプーやカラー剤などを自然派のものから選び、それがまた支持を得ているという。

「とにかく自由でいたかったし、時間に追われるのがイヤだった。それらを解決するために一歩一歩進んできたら、今のスタイルに辿り着きました。今後は店を軌道に乗せることはもちろん、このスペースを生かして、石けん作りなどのワークショップもできたらいいなと思います」

オープンして2ヶ月、杉山さんのストーリーは始まったばかりだ。

ある一日のスケジュール

08:30 起床。朝食をとり、身支度
10:00 お店に行き、掃除など開店準備
11:00 開店。予約が入っていれば、1日に1〜3人を施術。ひとりの施術時間は余裕をもってとっているので、空き時間には自由が丘の街を散歩したり、ランチに行ったり
21:00 閉店。早く終わるときは早めに帰宅
22:00 夫と夕飯、入浴、愛猫と遊びながらメールチェックなど
01:30 就寝

ピンチもこれがあればOK!私の最終兵器はコレ

家族の一員でもある猫3匹。パソコンの前で作業をしているときは、必ず膝の上に1匹、残り2匹が後ろで、「次は自分!」とばかりに待ち構えています(笑)。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

ブースレンタルの場合、お店に支払う費用はどのくらい?
1時間ごとに定められた使用料を払う場合もあれば、お客さまが払った料金の50%を支払い、代わりに店にある材料は何を使ってもいいという場合もあります。お店によって条件やシステムはそれぞれ異なりますね。私の場合、店に置いてある材料だけでなく、自分が使いたいものは持ち込んでいましたが、それは自分で負担していました。
フリーランスになってから営業活動はどのように行っている?
ブースレンタルを始めたとき、お客さまのひとりがホームページを作ってくれました。パソコンが得意な方で、自分の勉強も兼ねて無料で作ってあげる、と言ってくださって。その後、レンタルサーバーの期間が終了してからは、プロにお願いして今のホームページになりました。「自由が丘 マンツーマン 美容師」というキーワードでヒットするみたい。ホームページを立ち上げた際、ミクシィやブログも始めましたが、それらも広い意味で営業活動となっています。そうした新規のお客さまと、これまでのお客さまが利用してくだされば、大きな赤字を出すこともなく経営できると試算し、最終的に自分の店をもつことを決断しました。
自分の店をもつためにかかった費用はどのくらい?
まず、物件選びは「事務所・店舗用」ではなく、「住居用」で探しました。ひとりの店なのでそれほどスペースは必要ありませんし、「住居用」であれば礼金や敷金も「事務所・店舗用」に比べ、はるかに安いですから。次に、リフォームもコストダウンを徹底しました。通常、美容室を専門に行う業者に依頼するのですが、なるべく自分たちで手作りしました。さすがに、シャンプー台の設置はできませんでしたけど。けれど、それも地元の水道屋さんや大工さんにお願いして工事費を極力抑えました。あの規模なら安くても300万円はかかるといわれる出店費用を、約130万円で実現。美容師仲間からは「ありえない!」と言われています(笑)。
スキルアップのためにしていることは?
ひとりでやっている店なので、いい意味での仲間からの刺激がないのは事実です。そのため、時折、自分がお客になって気になる美容室に行きます。 "されてわかること"は多いですね。こういうシャンプーの仕方なら気持ちがいいとか、このパーマ剤は初めて使ったけどとてもいいとか。あまりにも気になった場合は、正直に自分は美容師だと伝え、いろいろ質問するようにしています。これが唯一の勉強といえるかもしれません。
杉山さんのような働き方をめざす美容師の方へメッセージをお願いします。
人を雇って店をもつにせよ、私のような働き方をするにせよ、美容師としてベーシックな技術は幅広く習得しておくべきだと思います。今はカットだけの店やシャンプーをしない店など、いろんなスタイルの店がありますが、最初はひととおりのことが学べる店に入って、学べることはすべて学ぶようにしたほうが、後々役に立つと思います

マンツーマンにこだわり、
ブースレンタルを経て自分の店をオープン

Rhythmoon編集部

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