Vol.48 画家・イラストレーター 荒井裕子さん

Profile

横浜市生まれ。東京造形大学卒業後、老舗文房具店の銀座・伊東屋に入社。画材販売やディスプレイ作成、イベント、広告に携わりつつ、イラスト制作やイタリアの風景画を描き続け、33歳でフリーランスに。現在は、イタリアと日本を往復しながら、創作活動を行っている。1994年から年1回開催している伊東屋での個展「光の風景・イタリア」は、毎年盛況。

荒井さんのサイト
L'Italia della Luce / Hiroko Arai

大好きなイタリアへ自由に行き来するために、フリーランスに転向

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11月に東京・四谷で開かれた個展での作品。荒井さんがこよなく愛すイタリアの風景が並ぶ。大きな作品は全身を使って、思いをぶつけながら描くとか。一枚一枚にこめられた荒井さんの想いが会場をふんわりと包み込んでいた。

「イタリアの空気そのものが魅力。描きたいものすべてがそこにあります」

カフェの店先や水の都・ヴェネツィアの川に浮かぶ小舟、路地の片隅に置かれた花。イタリアの日常的な風景を、柔らかいタッチで描く荒井裕子さん。街を歩きながら見つけた新たな発見や感動、そしてイタリアを愛してやまない気持ちが、絵を見ると静かに、そしてじんと伝わってくる。

幼少時代から絵を描くことが好きで、大学では絵画を専攻。しかし、自分の描きたいテーマが見つからず、卒業後の進路を悩んでいたあるとき、偶然大学の掲示板で目にした求人がきっかけで就職することを選ぶ。その会社は、フリーランスになってからも深い関係が続く、老舗の文房具専門店、銀座・伊東屋だった。入社後は、初めて絵の具を買う初心者から専門的な画材求めるプロまで幅広い客層が訪れるフロアで画材販売を担当。日々の接客を通して画材の知識を深めることができ、自身が絵を描くときにも活かせたという。

仕事で充実した日々を過ごしながらも、一方で、荒井さんはある想いと葛藤していた。「どうしてもまたイタリアに行きたい!」。しかし、当然、正社員は長期休暇がなかなか取れない。イタリアへ行くために、もっと自由な働き方がしたい。悩んだ結果、荒井さんは、4年勤めた伊東屋を思い切って退職。半月、イタリアで美術館巡りを楽しんだ後、今度はアルバイトとして再び伊東屋で働き始めた。この頃から、イラストレーターとしての活動も始め、二足わらじの生活を送りながら、お金を貯めてはイタリアへと渡った。

訪れるたびに好きになり、新しい発見があるイタリア。ある時、荒井さんははっと気づく。
「こんなにイタリアが好きなんだから、大好きなイタリアの風景を描けばいいんだ」
荒井さんの「描きたいテーマ」が見つかった瞬間だった。

伊東屋での個展が一年の山場。それに向けて気持ちを高めていく

vol48_2.jpgしばらく二足わらじの生活を続けていた荒井さんだが、ヴェネツィアで個展の開催が決まったのを機に、伊東屋でのアルバイトを辞めて完全フリーランスのイラストレーター・画家として独立することに。画家の活動を支える収入源となるイラストレーターとしてのキャリアを積みながら、年に数回、2~3ヶ月の間、ヴェネツィアを拠点にイタリアに滞在し、創作活動を続けていった。

独立して1年ほどたったあるとき、荒井さんのその後の活動の軸となる大きなチャンスが訪れる。伊東屋の元上司から「ギャラリーで個展をやってみないか」と声がかかったのだ。二度とないチャンス!とひとつ返事で引き受け開催した個展は予想外の反応が得られ、来年も、また来年も......と続けられて今年の夏で11回目を迎えた。

個展では、毎回新作を50〜80点展示するという。年々来場客が増え、毎年足を運んでくれる人も多いので、「なにか新しいものを見ていただきたい」とプレッシャーもひとしおだが、「また来年も楽しみにしています」というお客様の一言で、その苦労も一気に吹き飛ぶという。

「伊東屋での個展は、私が実際に目で見て感動して描いたイタリアの風景を実際に見ていただける数少ない場なので、一年で一番力を入れる"本番"のようなもの。個展前は、徹夜作業が続き、かなり厳しい状況に陥ることも多いのですが、性格的に、目標や締め切りに向かって気持ちを高めていくと力が発揮できるタイプなので、このスタイルは自分にも合っているかなと思っています。あと、大変だったことって意外とすぐに忘れちゃうんですよね(笑)。それが11年も続いてきた秘訣かも」

手元にずっと置いてもらえる絵を描き続けたい

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昨今の不況の影響で、収入バランスにも変化が見え始めているという。広告のイラスト制作の依頼が少しずつ減り、一方で、個展で絵が売れたり、個人から絵を描いて欲しいという依頼が増え、絵の収入がイラストよりも上回ることもあるそう。

絵が評価され、その収入で生活ができることは理想的ではないか、と聞くと、意外な答えが返ってきた。「絵が売れるのはとてもうれしいことなのですが、私としては、イラストで収入を得て、絵は自分の好きなものを描いていきたい、という気持ちが強いんです。絵に収入を頼ると"売るための絵"になってしまいそうなのがいやで......。そうならないように、かなり意識していますが」

「絵は一生満足できず、ずっと追い続けていくものだ」と語る荒井さん。いつかは飽きるだろうと思っていたイタリアは、通うほどに想いが増し、もっともっと描きたいという気持ちでいっぱいだという。
「経済的には厳しい現実もありますが、自分をしっかりもって、その中でどうにかして切りぬけて、新しい何かをつかんで突き抜けたい。手元にずっと置いていただけるような絵を描き続けたいですね」

荒井さんのお仕事道具

vol48_4.jpg水彩画を描く時の道具一式。常に持ち歩き、時間があればどこででも描く。描き途中の1枚を見せてもらうと、細かな部分が丁寧に描きこまれていて、イタリアの柔らかな空気が流れる作品だった。使いこまれたパレットに年季を感じる。

ある一日のスケジュール

06:30 【ヴェネツィア滞在中の例】起床。エスプレッソを入れ、朝ごはんを食べる。メールをチェックする
10:00 外出。いい風景を探す。友人の店に寄る
13:00 自宅で昼食
14:00 絵の制作
17:00 外出。友人に会い、食前酒を飲む
19:30 自宅で夕食。夕食後、勉強をかねてイタリアの新聞、雑誌、本を読む
23:30 就寝

ピンチもこれがあればOK!私の最終兵器はコレ

個展前はピンチになるので(笑)、その時は壁に貼ってあるイタリアとヴェネツィアの地図を眺めます。とくにヴェネツィアの地図を見ると、友人たちの顔が浮かんできて、「ここに戻るために頑張るぞ!」と気持ちが高まります。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

フリーランスのメリット・デメリットは?
メリットは、イタリアに行く日程を自由に決められるなど自分の時間を自由に調整できること。デメリットは、いつ仕事がくるかわからない不安です。イタリア滞在中にイラストの仕事を請けることもありますが、とくに最近は、締切が短いものが多く、対応に苦労します。インターネットやメールの普及で世界が小さくなって便利になりましたが、その分、時間に追われるようになった感じを受けますね。
イタリアへの移住は考えていないのですか?
日本とイタリアで半分ずつ生活するのが理想ですね。「生活する」のと「旅行する」のは、やはり全然違います。時間をおいて年に数回イタリアを訪れることで、イタリアの良さを新鮮な気持ちで感じられるような気がします。 あと、滞在期間は3ヶ月以内と決めています。以前、少し長めに滞在したことがあって、帰国したらイラストの仕事がぷつんと途切れてしまったんです。これはさすがにまずいと思い、イタリア滞在前には、必ず仕事関係者に連絡を入れるようにしています。
影響を受けた人は?
伊東屋時代の二人の上司です。一人は、販売の時の上司で、あたたかい接客でお客様との出会いを大事にする方でした。人との出会い、一期一会の大切さを教わりました。もう一人は、アルバイト時代の上司。アイディアマンで、一緒に仕事をしていてたくさんの刺激をいただきました。未知のことにチャレンジさせてくれ、自分の可能性を広げてくれました。
今の自分に必要だと思っていることは??
パソコンやインターネットが発達していて、私自身うまくなじめていないのですが、これからの時代は、インターネットを使って営業したり、自分の作品をアピールするなど、時代の変化に対応していく必要性もひしひしと感じています。
これからフリーランスを目指す人(特に絵を仕事にしたい方)へのメッセージ?
人間関係を大切にすることが、一番大事だと感じています。伊東屋に入社した当時、ここまで関係が長く深く続くとは思っていませんでした。当時出会った人たちからすべてが始まっていたと最近つくづく思います。そして、イラストの仕事、イタリアでの展覧会、全てに出会いとつながりが関わっています。人に感謝しつつ、その関係を大切にすることが基本だと感じます。

ずっと手元に置いてもらえる
イタリア風景画を描き続けたい

Rhythmoon編集部

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