Vol.53 ギャラリスト・キュレーター 芦川朋子さん

Profile

1978年横浜市生まれ。成城大学文学部芸術学科中退後、1999年に渡米。ニューヨーク大学スタジオアート学科へ編入。在学中から、インディペンデントキュレーターとして学外のギャラリーで展示会を企画。卒業後は、老舗ギャラリー「Artists Space」のスタッフとして多くの若手作家のサポートを行い、また「AG Gallery」のメインキュレーターとして数々の展示企画を手がける傍ら、別ギャラリーでもキュレーションを行う。2007年秋に帰国後、アートマガジン『SOMEONE'S GARDEN』にエディターとして参加。トーキョーワンダーサイトの「ギャザリング」イベント運営業務のメインコーディネーターも務める。現在は、恵比寿でwaitingroomを運営しながら、フリーでギャラリー運営のサポートや企画コーディネーションを手がける。
※上記写真内作品クレジット:田中ヒサミ 「A・T・S」, 2011年, キャンバスにアクリル, インク, 鉛筆, 130 x 162cm

waitingroomのサイト

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キュレーターってどんな仕事? キャリアの原点はNYに

昨年末から新ギャラリーのオープンが相次ぎ、アートエリアとして盛り上がりを見せる恵比寿。その新鋭ギャラリーのひとつが、駅から徒歩5分ほどの雑居ビルの一角にある隠れ家的空間「waitingroom」だ。 "来るべきときを待つ若手アーティストが、さまざまな出会いを経て世に出て行く、その一過程を担いたい"。そんな想いが"待合室"という名前には込められている。

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取材時に会期中だった、waitingroom初のグループ展『窓と物語/windows and the stories』。NYと日本で活動する5人の作家が織りなす物語の競演は見物だ(2月19日まで)。

このギャラリーをパートナーと2人で運営するのが、ギャラリストであり、キュレーター(*)の芦川朋子さん。キュレーターとは、一言でいうと、展覧会を企画立案し、実現していくまでの全体を導く役割を担う人のこと。展覧会のコンセプトを考え、どのアーティストにどんな作品を依頼するかといったことから、搬入時の運送会社の手配、展示空間の演出、広報、予算管理......など、業務内容は実に幅広い。


キュレーターとしてのキャリアのスタートは、なんとNYだった。日本の大学を休学し、「アートの本場を見たい」と単身NYへ渡った芦川さん。すぐに現地の魅力に取り付かれ、NY大学のスタジオアート学科への編入を決意する。「将来的にキュレーターやギャラリストのような仕事につきたいという想いが漠然とあり、そのためには作家の想いや制作行程についてもっと知識を深めなければと思って」。大学ではビデオ作品とパフォーマンスアートをメインに発表し、自ら作り手として作品制作を行う傍ら、学内外で展覧会を企画・開催していたという。

vol53_2.jpg大学3年の夏には、老舗ギャラリー「Artist Space」でインターンを1年間経験。「若手アーティストの活動を支援するNPOが運営するギャラリーで、アーティストのポートフォリオを管理するアーティストファイルコーディネーターという仕事をしました。この職を選んだのも、どんなアーティストがいるのかを知ることで、将来的にキュレーターの仕事にも役立つかなと思ったから。ギャラリー部門が忙しいときは、かり出されて展示会の準備等にも参加したので、大手ギャラリーの運営の裏側を知ることができ、とても貴重な経験となりました」

その後、卒業のタイミングでポストに空きができたということで、パートタイムのスタッフとして契約。同じ頃、ブルックリンにオープンしたギャラリー「AG Gallery」に持ち込んだ企画が成功したのをきっかけに、メインキュレーターとしても活動をはじめることに。「タイミングがよく仕事が決まって、本当にラッキーでしたね。AG Galleryでは年間すべての企画を担当するという機会に恵まれ、試行錯誤しながらも、キュレーターとしての経験とキャリアを積むことができました」

*ギャラリストとキュレーターの違い
ギャラリストとは、ギャラリーを拠点として持ち、展覧会の企画運営を行う人。キュレーターは、主に美術館や博物館で展覧会の企画運営を行う。インディペンデントキュレーターという、どこにも所属せずにフリーで活動するキュレーターもいる。業務内容としてはほぼ変わらない。

NYでの成功をすべてリセットして帰国を決意

vol53_3.jpg「作家との出会いは、めったにあるものではない」と芦川さんは話す。いろいろな場所に出向いて100人の作家に会ったとしても、その中にこれだ!という作家が1人もいない可能性だってある。だからこそ、「見つけた!」と直感で感じたときは、ゾクゾクッと全身に感動が走るのだそう。しかし、いくら素晴らしい作家でも、展覧会を成功させるためには2人の相性が大事。どのような作品にするか、販売価格はどうするか、細かい打ち合わせを何度も重ねてコミュニケーションを取り、ときには本音をぶつけ合って激しいディスカッションをしながら、プロジェクト全体の舵取りをしていかなければならない。自分の直感を信じ、そうしたよい関係が作家と作れるかどうかを判断し、決断することもキュレーターの大切な仕事のひとつだという。

「たとえ無名の作家だったとしても、いかにストーリーを作り上げて世に送り出すか。それ次第で結果が大きく変わります。プロデューサー的視点を持って一つずつ決断していくことが大事なんです」

この決断力は、とくにフリーランサーには必要不可欠なものだ、と芦川さんは続ける。いつ仕事がなくなるかわからないという危機感に常にさらされながら、決断して前に進んでいかなければいけない。時には間違えて失敗してしまうこともあるが、そうした経験を積み重ねていくことで、次第に決断力が備わっていくのだという。

芦川さんはその決断力をもって、NY滞在9年目で日本に帰国することを決めた。NYに拠点を構え、充実した仕事もあり、すべてが順調だったのになぜ? 「滞在中に9・11を経験したことが大きかったかもしれません。日本人として何ができるのか、を考えていくうちに、NYで見聞きしたことを日本に持ち帰って、日本のアートシーンを活性化させたいという想いが大きくなっていたんです。まあ、一からやり直さなければならない日本で、自分に挑戦してみたかったのかも。でも、本当にすべてがうまくいっていて、何ひとつ不満はなかったので、それらを振り切って帰国を決断するのには勇気がいりましたね」

横のつながりつくり、恵比寿のアートシーンの盛り上げ役に

帰国を決めた芦川さんがまずしたことは、NY時代につながりを持った日本で活動するアート関係の人たちと会うことだった。まもなく、NY時代からコラム執筆などで関わっていたアート系フリーマガジン『SOMEONE'S GARDEN』での活動の一環としてトーキョーワンダーサイトのプロジェクトコーディネーションを任されたり、ギャラリー運営のサポートをフリーで手がけるように。そんな中、2009年2月には、三軒茶屋に自宅兼ギャラリーのアートスペース「waitingroom」をオープン。「日本のアートシーンに入り込むためには自分の拠点を持たなければと思っていました。資金的な問題もありましたが、DIY精神が旺盛なNYでは、自宅ギャラリーは珍しくなかったので、まずはこのスタイルからやってみようかなと思って」

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ギャラリーの一角に設けられたショップコーナー。手に届くお値段のアートグッズやzine(アーティストの手作り本)、小作品や版画作品などが多数取り揃えられている。

企画する展覧会は評判上々。キャパシティ的に厳しい、と感じ始めていた矢先、現在の恵比寿のギャラリーへの移転話が舞い込む。そして、新生waitingroomとして2010年11月にはギャラリーが独立したかたちでリニューアルオープンを果たした。

「恵比寿という場所柄や、ギャラリーとしての対外的な見え方の変化もあるのか、お客様の数も増えましたし、売上も上がりました。金土の営業に加え、他のギャラリーが閉まっている月曜夜の営業を試験的に始めたところ、これがなかなか好評で。仕事帰りに立ち寄られるお客様がいつも閉館ぎりぎりまでいらっしゃるんですよ」

今後は、開催する展覧会の回転率をあげ、自宅スペースでは開催が難しかったワークショップやトークショー、パフォーマンスなどのイベントも開催していきたい、と意気揚々と話す芦川さん。さらに、恵比寿界隈に活動拠点を持つギャラリーやアーティスト、クリエイターを巻き込んで、地域ぐるみのエリアイベントの企画も進行中とのこと。

新旧のミックスによって新たなアートパワーを発信しようとしている恵比寿。そのアートシーンの担い手の中心的存在として、芦川さんは勢い衰えることなくこれからも走り続けていくに違いない。


初心者向け、アートを楽しむ極意を芦川さんが伝授!

ギャラリーにはあまり行ったことがないのですが......。

美術館には行ったことがあるけれど、ギャラリーは敷居が高いような気がしてあまり行かない、という方が多いんですが、そんなことはまったくありません。まずは、ギャラリーが密集するエリアを選んで、散歩がてらギャラリー巡りをしてみるのがおすすめです。


今盛り上がっているアートエリアを教えてください。

1)waitingroomがある恵比寿東京都写真美術館山種美術館などの美術館もあり、またNADiff A/P/A/R/Tというギャラリーが複数入ったコンプレックスビルも必見。waitingroomとセットでギャラリー巡りをお楽しみください。

2)去年BrutusやMetro Min.でもアートエリアとして紹介された浅草橋・馬喰町エリア。現代アートギャラリーの密集地区。おしゃれなカフェなども増え続けています。

3)六本木アートナイトで盛り上がる六本木森美術館国立新美術館とあわせてギャラリー巡りが楽しめるエリアです。話題のピラミデビルに大手現代アートギャラリーが複数移転し、2月18日にオープン予定。その他にもいくつかのギャラリーが同エリアに点在しています。

日常の中にどうアートを取り入れていったらよいのかわかりません。

なにか小さなものからでいいので「アートを購入する」ということに挑戦してみてください。わりと購入しやすい値段の「版画作品」や、最近日本でも話題になりはじめて来たアーティストの手作り本「zine」などがおすすめ。手に届く範囲の作品を購入してみることが、アートをコレクトする楽しみを体感する一歩になると思います。

ある一日のスケジュール

08:30 起床。身支度して、ギャラリー&オフィスへ
10:00 仕事開始。メールチェック、デスクワーク、午後の打ち合わせ準備をしながら、さくっとランチ
13:00 取材対応
14:30 取材終了後、メールをチェックして打ち合わせへ
15:00 打ち合わせ1
16:00 打ち合わせ2
16:40 打ち合わせがすべて近隣なため、一度事務所に戻りデスクワーク
17:30 打ち合わせ3
18:30 打ち合わせ4
20:00 夕食を食べながらメールチェック
21:00 日中は打ち合わせ続きだったため、夜はデスクワーク
03:30 帰宅後、お風呂に入る
04:40 就寝

ピンチもこれがあればOK!私の最終兵器はコレ

気のおけない女友だちと女子会を開くこと。メンバーがそれぞれ仕事に恋愛にと精一杯生きている素敵な子ばかりなので、会う度に毎回パワーをもらいますね。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

アメリカと日本での"フリーランス"の違いは?
日本ではフリーランサーがまだまだ少ないですが、NYはフリーランサーが断然多いので、フリーランスになることにはまったく抵抗がありませんでした。「Freelancers Union」を代表とするようなフリーランス組合も充実していて、「フリーランスになるためには?」「確定申告はどうする?」といった情報も入手しやすいようです。私の場合、まわりにフリーランスの友人が多かったので、彼らの経験を聞きながら、フリーランスの基礎を学びました
営業活動はどのようにしていますか?
主に、パーティーやオープニングに足を運ぶことで行っています。つまり、人と会いネットワーキングをする「社交」が一番の営業活動だったりします。そこからの繋がりが企画に発展したり、その繋がりから別の紹介があったりするもので、ダイレクトな「持ち込み」という方法ではしていません。
多忙な毎日の中で、これだけは欠かせないというものは?
帰宅時間がどんなに遅くなっても、毎日絶対湯船に1時間くらいつかるようにしています。そうすると疲れがある程度とれて、次の日の目覚めが良いです(って、そのせいで睡眠時間が更に減っているって話なんですが......)。
座右の銘は?
「一期一会」「一生勉強」「火事場の馬鹿力」
芦川さんのような仕事、働き方を目指す人へのメッセージ
自分の好きなものを知り、それを信じること。そして、いかに人とのつながりを大切にできるかが重要だと思います。あと、これまでを振り返ってみると、お金稼ぎのためにしか仕事しないというスタンスでやってきていたら、今の自分はなかったなと思います。好きで楽しい、応援したい、というものを互いに助け合ってやってきたからこそ、それが今、うまく仕事やプロジェクトにつながっているように思います。無駄なことは何ひとつありません。自分の信じる道を進む際に遠回りに感じるようなことも、必ず何かの形になって後々役に立つので、ひとつひとつ精一杯やっていくことが重要だと思います。

NYでの経験を生かして
日本のアートシーンを活性化させたい!

オノリナ

Writer オノリナ

Webプロデューサー・リズムーン編集長
リズムーンを運営する合同会社カレイドスタイル代表。女性向けWebメディア編集、フリーランスを経て、2014年に法人を設立。国内外のネットワークを活かして最適なチームを組みながら、研究機関のサイエンスアウトリーチ支援や、企業オウンドメディアの女性向けコンテンツ企画・制作を数多く手がけている。また、独立時に苦労した自らの経験から、女性フリーランスコミュニティ「リズムーン」を2009年に立ち上げ、「個」が主役の多様な働き方を加速させる社会の実現に向けた事業・サービスを展開している。プライベートでは、3人の子を持つワーキングマザー。趣味は卓球。

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