Vol.90 左官職人・marumo工房 金澤萌さん

Profile

1983年生、東京都出身。2001年、ものつくり大学(埼玉県)の第1期生として入学。建設技能について勉強する中で「左官」に興味を持つようになる。2005年、大学を卒業後し左官工事を専門に行う工業所へ左官工見習いとして入社。2008年、新たな左官工業所の立ち上げに携わる。営業、事務、職人として幅広い業務を経験する。2013年1月に独立。左官職人だけでなく、左官技術を活かした雑貨品の制作などを行うmarumo工房としても活動中。2014年5月に、marumo工房が指導・監修したDIY施工本『女子のためのリノベDIY』(ポット出版)を出版予定。

金澤萌さんのサイト
marumo工房

左官技術をより身近なものへ。女性職人だから出来ることを大切に

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自宅の一室をmarumo工房として使っている(写真上)。手作り市出店に向けて試作しているモルタル雑貨(写真下)。

物心ついた頃から住宅の建設現場を見るのが好きだったという金澤さん。女性ではまだ珍しい左官職人として活動している。左官とはビルやマンション、住宅などの建造物の壁をコテなどを使って塗り仕上げる職種を指す。いわゆる職人の世界では「一人親方」と呼ばれるようにフリーランスでの活動はそう珍しいものではない。しかし、男性が多く活躍する世界においては、女性でフリーランスの職人というのはまだまだ限られた存在なのかもしれない。


「子どもの頃は段ボールで家の模型を作ったりしていました。そんな私をみて両親が中学生の時の誕生日にPC版の設計ゲームをプレゼントしてくれたんです。本格的なものではなく、遊びの要素が強いものでしたけどね」と、話す金澤さん。高校進学後も建築への夢や興味は失われることはなく、卒業後は埼玉県にあるものつくり大学への進学を決める。

「芸術系大学や建築科などがある大学への進学も視野に入れました。でも、建築科などに進むと『設計』がメインになってくる。設計もやりたいけれど、もの作りの現場にも出てみたい......そんな時に知ったのが、ものつくり大学でした。建築系の学部は設計から現場での施行まで全て体験できるカリキュラムになっていたんです。また、新設校で第一期生での入学というのも魅力的でした。というのも、私は中学生のときに生徒会に入っていてイベントを運営するのも好きで。自分たちで一からカラーを作っていける方が面白いのでは、と考えたのです」

入学の段階では「左官」について全く知らなかった。左官職人の道を決めたのは大学の授業を通じてだった。
「授業の中で大工には向いていないと痛感しました、大工は数字が分からないとできない職業。感覚でできるものではないんです。一方、左官はその日の天気や気温など、感覚に頼るところが大きくて。やるなら左官だ!!って(笑)」。
大学3、4年生時には左官工業所へのインターシップに参加し、左官職人への道を確実に歩み始めた。

左官職人としてスタート。男性ばかりの職人の世界で奮闘

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金澤さん自身、中古の一軒家を購入し、壁塗りからタイル貼りなど少しずつ手を加えながら、理想の空間をつくりあげている(詳しくは、marumoの自宅リフォームでご覧になれます)。

大学卒業後は店舗施工業界では大手の左官工業所へ入社、見習職人としての日々が始まった。女性の職人育成にも力を入れている会社ではあったが、男性主体の世界の厳しさや大変さを味わうこともあった。


「入社当時は現場に行ける、仕事ができる、すべてがうれしかったのですが、だんだん物足りなくなってしまって。というのも、その会社は比較的大きな組織で仕事が分業になることが多かったんです。その中で女性の特性を活かした作業となると仕上げ塗りのみ、など限定的になる場面も。学生時代から将来は独立したいと考えていたので、下地塗りから仕上げまで一連の流れが分からないと職人として独立するのは厳しいと感じていました」

2008年1月、左官職人の先輩が独立するのに伴い、金澤さんは2年9ヵ月勤めた会社を退職し、会社の立ち上げに携わった。
「転職というより弟子入りといった感じですね。先輩(親方)は私の悩みも分かってくれて、その上で仕事を教える、と言ってくれたんです。職人として尊敬していましたので不安はなく、ただついて行こうと思いました。私たちは「半町屋左官」と呼ばれる店舗や住宅の壁を専門的に塗る職人で、店舗施行の経験が豊富でした。ですから、立ち上げ当初は店舗の設計施工を専門に行う工務店にひたすら営業電話やメールをしていましたね。今思えば何も分からないからできていたんでしょうけど(笑)。営業中の店舗施行の場合、基本的には閉店後に行うので、作業時間が不規則なんです。時間帯によっては左官屋さんが見つからない、改装が間に合わない、というケースも。自分たちが思っていた以上にニーズがあり、仕事に困ることはなかったですね。営業は初めてでしたが、必死でしたし、結果が出ずに落ち込むこともその時間もなかったですね」

親方とふたり、24時間態勢で仕事に臨み徐々に得意先を増やしていった。職人、営業、事務......それぞれに経験を積み「頑張った分だけ返ってくる」と、仕事の手応えを実感するようになっていった。そんな金澤さんに2009年とある変化が訪れる。

独立のきっかけは出産。今の自分に出来ることを大切に

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人気の出張DIY施工メニューで、お客様の自宅のトイレ腰壁のタイル貼りの技術指導を行ったときの様子。便器の後ろや配管周りのやりにくいところは金澤さんが作業を行い、カラフルな腰壁が完成!詳細はこちらから>>

2009年に妊娠が分かり2010年7月に出産。職人見習の4年、親方への恩返し1年、その5年間は仕事に邁進すると決めていた。ご主人もそれを理解し、結婚6年目に第一子を授かったのだ。

「出産前後も親方のもとで体の負担にならないように仕事を続けていましたが、2013年1月にフリーになりmarumo工房を立ち上げました。もともと独立を視野に入れていたのですが、きっかけは子育てと仕事の両立にもどかしを感じるようになって。子どもの体調不良などで突発的に仕事に行けなくなると、二人分の仕事を親方がひとりで作業を行うことになります。親方は"気にしてない"と言ってくれるのですが私は申し訳なくて......。『ちゃんと辞めよう』、そうすれば受注量の増減で親方に負担をかけることがなくなると思ったのです。といっても今でも、親方の仕事で人手が必要なときは、外注として請けていますし関係は良好です。親方には感謝の気持ちでいっぱいです」

職人として10年目、フリーになってからは2年目を迎える。職人になりたての頃から見ると働き方も仕事の内容も変わってきた。出産を機に左官技術を使った雑貨や小物の制作・販売を始めた。最近のDIYブームで「自分で壁を塗りたい」というリクエストには、技術指導しながら一緒に作業するというサービスも始めた。
「施行指導を通じてお客様に左官作業を楽しんでいただくのも大事だと思うようになりました。私には左官の技法を広め、左官仕上げを日常に取り入れていただきたいという想いがあります。左官や左官職人がより身近な存在になっていけばうれしいですね」

女性の左官職人だからこそできることをしたいと考える金澤さんに今後の目標を聞いてみた。
「こういう働き方や仕事もある、というのを知ってもらいたいです。きっと昔の私なら認めてないと思うんです、こんなの職人じゃないって。でも経験を積み、ライフスタイルが変わり、こういうのも良いと思えるようになった。若い女性の職人さんやこれから職人を目指そうとしている女性にも伝えていきたいですね。また、私の活動を通じて左官仕上げを知ってもらい、施行方法として選ばれるようになれば、職人の需要も増え仕事依頼も増える。そうしたら職人の仕事の幅が広がり、業界自体が活性化するのではないか。そんなことも漠然と思っています。そのためにも左官の仕事を長く続けていきたいですね」

金澤さんのお仕事道具を拝見!

vol90_5.jpg左官職人の必須アイテムは壁を塗るコテ。価格はピンキリで、形も材質も大小いろいろ。中にはプラスチックのような消耗品もあれば、手入れをして使い続ける道具も。見習い時代から大切に使っている。ちなみに工房名は道具に名前を入れる焼印が㋲だったことに由来しているそう。

ある一日のスケジュール

04:00 起床。お子さんが起きて来る前の時間を使って見積作成、調べものなど事務業務を行う。コーヒーを入れリラックスした状態で仕事をスタート!
06:00 掃除・洗濯・朝食作りと家事タイム
07:00 お子さんが起床
08:00 保育園へ送り届けた後、現場仕事に向かう
09:00 現場での仕事を開始。塗装のかわき具合によって作業進捗は様々。休憩や昼食にかける時間もバラツキがあるそう
16:00 業務終了。保育園へお迎えに急ぐ
18:00 お子さんと帰宅。夕飯やお風呂、家族団らんの時間。緊急時以外は仕事をしないようにしている
21:00 就寝

ピンチもこれがあればOK!私の最終兵器はコレ

今は自分の時間と言えば仕事に向かう際の車中だけ。そんな時に大好きなコブクロを聞いて元気をもらっています。大学進学で上京した頃にコブクロを知って以来のファン!子育てが落ち着いたらまたライブに行きたいですね。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

ON・OFFの切り替えはどうしていますか?
日常の中ではON・OFFはあまりないかもしれませんが、旅行に行った時は想いっきりOFFですね!年に数回は旅に出ます。ふたりとも釣りが好きなので海のあるところに足を運ぶことが多いかも。私というより我が家のリフレッシュ方法です。
フリーランスになるにあたって不安はありましたか?
少しは不安もありました。でも結婚しているし生活費は何とかなるだろう、失敗したらその時に考えようと思っていました。というのも、「今自分にできる範囲」を考えながら働いています。仮に失敗しても解決できる範囲のことしかおきないだろうと。できる範囲を知り、自分にあった仕事をするのが大事だと思っています。
自分で仕事を生み出すために行っていることはありますか?
フリーになる前にざっくりと「現場外での仕事の作り方」を調べたりしていました。例えば、家族旅行で行った海で砂を一部持ち帰り、左官技術を使ってお土産物がつくれないかを試してみたり。上手くいけば販売できるかもしれない、各地の砂を使って展開できるかもしれない。こういう所に需要があるかも?というアンテナはつねに張るようにしていますね。
フリーになってから始めたことはありますか?
手作り市での販売もそうですが、DIY女子部(2011年3月に発足したDIY活動をする女性達のサークル。現在では全国展開し、DIYイベントを各地で開催している)で左官リーダーを任せていただいたり、女性左官職人と組んで「m and M」というユニット活動を始めたりしました。DIY女子部で知り合った主婦の方から「自分で左官壁を塗りたいので、教えてほしい」と依頼されて出張サービスも始めました。子どものお迎えの時間まで、かつ突発的なキャンセルがあることも了解していただく代わりに、通常の左官仕事より価格帯を押さえているので好評ですよ。
金澤さんのような働き方を目指す方へのメッセージをお願いします!
まずは、がむしゃらにやってみることが必要ではないでしょうか。例えプライベートを少々犠牲にしても仕事に没頭する期間があっても良いと思います。特に職人の世界なので修業期間は必須、でもその経験があるから制作も現場の仕事でもやっていける。重いものもあるし男性に敵わない点もあります。でもそれをどこでカバーしていくか......丁寧な仕上げ、段取りの良さ、コミュニケーション能力、女性でも胸を張れるポイントは多々あります。きちんと仕事に向き合っていれば、ひとりでもやっていけることを分かってもらえたらうれしいですね。

左官技術をより身近なものへ
女性職人だから出来ることを大切に

須磨ますみ

Writer 須磨ますみ

前は編集・ライター、今は会社員+週末ライター。
各種インタビュー、仕事系、グルメ、ウエディングなどの編集・ライティング経験あり。

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