Vol.91 バンドネオン奏者 川波幸恵さん

直感で決めた、バンドネオン奏者への道。日本人であることがいかせる演奏を

Profile

福岡県出身のバンドネオン奏者。東京音楽大学器楽科ピアノ専攻卒業。バンドネオンを西塔祐三氏に師事。2001〜03年、小松亮太コンサート、アルゼンチンプロモーション等に多数参加。 2006年秋には、フィラデルフィアで毎年開催される恒例の第45回Mario Lanza Ballにアジアを代表するアーティストの一人として前夜祭で客演し、バンドネオンの魅力を披露している。西城秀樹のディナーショー、堀北真希主演映画のサントラ、夏川りみの楽曲等にも出演。近年は、三味線や海外からのセファルディー民謡の奏者たちとのライブをするなど、ジャンルを超え音楽を奏でている。川波さんをTwitterでフォロー


【今後のスケジュール】

  • TANGO SESSION CON Rodorigo
    ベルリン放送交響楽団に所属するバイオリン奏者と共演。
    3月17日(火)19:30開演(開場は18:30)料金:4,000円
    TANGO BAR エル・チョクロ
    豊島区南池袋3-2-8 TEL: 03-6912-5539 ○飲食可
  • 沢田研二 音楽劇「お嬢さんお手上げだ・明治編」出演
    3月20日 新潟りゅうとぴあ劇場からはじまり全国ツアー。北は北海道、南は、鹿児島まで行きます。
    http://www.co-colo.com/butai/2015/ojousan01.html
  • Pacific Tango Sexteto
    3月31日(火)19:30開演(開場は18:30) 料金:4,500円
    神楽坂 The Glee
    ブエノスアイレス在住の韓国人ヴァイオリニストAntonio Yooにより2013年に結成され、今年4月にソウルで開催される"Pacific Tango Orchestra"の前哨戦として東京公演の為に編成された六重奏団。
    http://theglee.jp/live/1809/
    ACOUSTIC LIVE HALL THEGLEE
    〒162-0825 東京都新宿区神楽坂3-4 AYビル B1 TEL:03-5261-3123
  • Pacific Tango Orchestra
    4月22日 韓国ソウル公演

魅惑の楽器、バンドネオン

「バンドネオン」と聞いて、すぐに「ああ、あれね」とピンとくる人はどのくらいいるだろうか。「現地では、日本のピアノみたいな感覚で、どこにでも見られる楽器なんです」 やわらかな口調で語る川波幸恵さんは、日本では数少ない女性バンドネオン奏者だ。
そんな彼女の言う「現地」とは、アルゼンチンタンゴの本場、ブエノスアイレスである。そこで圧倒的な人気を誇る音楽・タンゴにはバンドネオンが欠かせない。プロの演奏家でなくとも、日常生活の中でちょっと歌いたい時、好きな人に告白したい時などにも気軽に弾かれる国民的楽器なのだ。

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偶然テレビで見たバンドネオンとの出会い

「高3の受験期に、偶然NHKの『トップランナー』という番組でバンドネオン奏者の小松亮太さんを観たんです。当時はバンドネオンなんていう楽器も知らなかったのですが、8小節くらいのタンゴを聞いて『これやろ!』とそばにいた母に伝えました。あの時はピアノで音大受験を目指していたのですが、ピアノで落ちて東京で浪人しながらバンドネオンやろうと密かに思っていました」

福岡出身の川波さんは、どうしても東京には行きたかったのだと言う。受験期に、当時はフリーペーパーだった「モーストリー・クラシック」の「注目のアーティスト」欄に小さく出ていた小松亮太さんを発見。「とにかくこの人と話したい!という思いから新聞社に電話しました。当時、小松さんはソニーからデビューすることが決まっていたので、そこにファンレターを出したんです」
そして音大の合格発表とともに返事が届く。「『東京に来たら楽器を触りに来ていいですよ』というような内容でしたね。それを真に受けて、上京後に本当に触りに行ったんです。それからレッスンが始まりました。大学ではピアノ、外ではバンドネオン、という日々でした」

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音大での破門から卒業、そしてタンゴ界へ

日本の音大では、師弟関係は厳しく、まだまだ特定の先生の門下に「弟子入り」という雰囲気が根強く残っている。「大学2年の時、当時のピアノの先生に、私がほかでバンドネオンを習っているのを伝えたところ、『あなた、破門よ!』って(笑)」。それでも大学では、友人とともにピアノの練習を重ね、成績優秀者として卒業。卒業後は小松亮太さん率いる楽団で国内外でバンドネオンの演奏経験を積むことになる。
「小松さんは、女性だからと特別扱いすることのない、とても厳しい師匠でしたね。でもその厳しさに負けてしまって、結果的にはその楽団を辞めることに。小松さんは、私が辞めた後も、演奏会には何度か足を運んでくれたんですが、私には、師匠の存在が強すぎて、しばらくはトラウマのようになっていたと思います」

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その後、西塔祐三さんの『オルケスタ・ティピカ・パンパ』に入団。『オルケスタ・ティピカ・パンパ』は、1955年、西塔祐三さんの兄、西塔辰之助さんにより結成され、日本で随一のダリエンソ・スタイル(鋭いスタッカートが特徴的な力強い演奏スタイル)を継承する楽団だ。伝統的なアルゼンチンタンゴの保存、発展を目的とし、後継者の育成にも力を注いでいる。

「それまでは、弾きながら『なんでこんな風にしか弾けないんだろう。違うんだけどな』ともどかしい思いがありました。それがここで、『こういう風にやるんだ!』という演奏の仕方を教えてもらったような感じでした。ただ、プライベートで色々なことが重なり、結局、辞めてしまうんです。もう大学時代からそれまでの間で起こった辛い出来事は、全部、この楽器を始めたせいなんじゃないかって思いました」

そこからタンゴ界からは距離を置くようになってしまったという。

タンゴから舞台音楽へ

「もともとは2001年頃だったかな、アコーディオニストcobaさん主催の蛇腹イベントがあり、横浜の赤レンガ倉庫で演奏していた時に、渡辺えりさんに声をかけてもらったんです。その1年後にお電話をいただき、次の年に『りぼん』という作品でセーラー服の修学旅行生という役をいただきました。それまでバンドネオンをスカートで弾いたことはなかったし、また、ものすごくマイナーな楽器だったので、みんながびっくりしていて、それも面白かったですね。みなさん、私がもともと奏者だというのを知らなかったので、役者なのに楽器うまい!といった反応もあったりして(笑)」

ribon_chirashi.JPGそれがきっかけで細く続いていた舞台音楽の世界が、『オルケスタ・ティピカ・パンパ』を離れた後、さらに川波さんの中で広がっていく。

「どん底にいた2008年頃、津軽三味線奏者の西はじめ(-KIJI-)さんからファースト・アルバムを出したいので一緒に弾いてくれないかと、オファーをいただいたんです。この時は何て言うか、UFOキャッチャーで拾いあげてもらった感じでしたね」

このレコーディングで知り合ったギタリストの山口亮志さんとは、現在も国内ツアーを続ける「タンゴバンド」を始めることになる。「自分のどん底を見せていたからこそ仲間としての絆が生まれたんだと思います」。さらに今年の9月には、三重県で六華苑リニューアルオープンイベントでの演奏を予定している。「自分で企画した、津軽三味線、ギター、パーカッションとバンドネオンでの演奏なんです。まだ正式名のない『バンド』ですが、自分が主体的にコンセプトをもってやる初めてのバンドです」

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日本人だからこそ表現できる音楽を

今では、日本国内では北から南までの公演ツアーをするタンゴバンドやギターデュオ、渡辺えりさん、沢田研二さんの劇中音楽など、芝居についての演奏も定期的に行い、麿赤兒さん率いる舞踏集団「大駱駝鑑(だいらくだかん)」の作品に楽曲提供も予定している。国外ではアメリカやアルゼンチンなどへ公演ツアーで飛び回る川波さん。

最後に、これから挑戦したいことや目標を聞いてみた。

「1つめは、自分が日本人であることがいかせる演奏していきたい、ということですね。9月に予定している津軽三味線とのアンサンブルはまさにそれです。自分がアルゼンチンに行ったときに、残念なことに、自分はタンゴの国の生まれじゃないと感じてしまって。逆に、日本人だからこそ表現できる音楽を目指したいと強く思うようになりました。そうなれば、どこの国の音楽、というのではなくて、自分の音楽として演奏していけますから。
それともう1つは、ブエノスアイレスの演奏家と一緒に演奏したいですね。上手な方はどこにでもいらっしゃいますが、彼らの演奏は、血なのか、環境なのか、なにかが違う。実際にブエノスアイレスに行ってみて、『そうか、こうなんだ!』といった納得感がありました。ただ日本にいるとその感覚が薄れていってしまうので...。あのレベルには届かないかもしれませんが、目指したいですね」

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川波さんのお仕事道具を拝見!

バンドネオンは、1821年、楽器商のハインリッヒ・バンドによってドイツで生まれた楽器。発明者の名前にちなんでバンドネオンという名前になったそうです。左右にボタンがあり(合計71個)、開いた時と閉じた時では、一つのボタンで違う音がなります。この蛇腹部分はなんと紙でできています。

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ある一日のスケジュール

タンゴバンド「エル・フエジェ」の地方公演中の1日。青森 酸ヶ湯温泉より

5:00 起床。温泉に入る
7:30 朝ごはん
8:00 また温泉
10:00 チェックアウト。車で移動
12:00

十和田で休憩・ランチ。お世話になった方々にご挨拶

15:00 三沢に到着
16:00ー17:00 リハーサル、着替え・準備
19:00ー21:00 コンサート
~24:00 打ち上げ(このとき夕飯も)
24:30 就寝

ピンチもこれがあればOK! 私の最終兵器はコレ

親友のKさん。電話でもメールでもいいから彼女に助けを求めます。彼女なしでは生きていけません(笑)!あとはほかにも信頼のおける友人たちを頼ることかな。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

よく言われるワークライフバランス。多忙な毎日のなか、ONとOFFの切り替えはどうしていますか?
ストレスを感じたり、まとめてわーっと仕事をしたなと感じるときは休むようにしています。気心知れた友達に会いに行ったり、マイアミの海やプールで泳いだり。特に2012年の始めに大きな手術をしてから、自分が思ってるよりも自分に負荷をかけているという意識を持つようになりました。
音楽家として生活していくことを考えた際、ご家族の反応はいかがでしたか?
母はいつも「自分ができることをひとつ持ちなさい。芸は身を助けるっていうでしょ」と言っていて、だから私がピアノをやることになったんですね。家族には半年間、バンドネオンをやっていることを言っていなかったので、楽器を家に持って帰った時はびっくりされました。あとになって、小松さんがメディアに出るようになって「へぇ、生徒なんだ。テレビ出てる!」みたいな反応でしたね(笑)。
数々の演奏や舞台を手がけていらっしゃいますが、仕事をする上で心がけていることを教えてください。
自分の魅力を磨くことですね。自分は自分でしかないから、そこに磨きがかかると良いと思うんですよ。昔は他人のいいところを見て羨ましがって、自分にはできない...などと卑下していた時期もありました。仕事の量、数などにおいては特に。最近は、舞台や別の場所でコミュニケーションの機会を与えられているのが自分なんだな、と思うようになりました。自分の良い部分を見い出して、そこを磨こうとしています
川波さんが尊敬している人は誰ですか?
笑福亭鶴瓶さんと岡本太郎さんです。鶴瓶さんは、中学くらいから兄の影響で「パペポTV」を見ていて、ファンだったんです。それでファンレターなどを書いてお返事などをもらうようになっていました。大学受験の合格祝いで初めてお会いし、嬉しかったですね。あれだけメディアに出ているのに、人に対して心できちんと接しているところや、人が喜ぶことをしてくれるところがすごいと思います。相当お忙しいはずなのに、そういうことができる凄さが人間の魅力に感じますね。
岡本太郎さんは、彼の本をたくさん読んでいた時期があり、「芸術は爆発だ」とか、本気でぶつかればそれはすごいエネルギーだと、自分の中を開放しようと思える感じに共感するんです。あの強烈さに、自分はなんて小さいことを考えてるんだと思うわけです。音楽はそもそも目に見えない世界で、イメージの世界っていうのは無限なんです。だから何をしてもいいはずなのに、アカデミックなこと、技術的なことなどを考えちゃって、そのイメージの世界を狭くしてしまっていたなと気づかされた人でもあります。
川波さんのように自分らしく仕事をしたい、または音楽で生計を立てていきたいと考えている人へ、何かメッセージをお願いします。
仕事ーー、もっと言ってしまえば、人生の中では残念なこともあるけれど、自分が思った以上にラッキーなこともありますよね。そのラッキーなことがいっぱい来たらいいな、と願いながら生きていくといいと思います。自分でどうにもならないことはたくさんありますから。これまで私は「自分になんて誰が声をかけてくれるだろう」とネガティブに考えてきた時期もありました。でも結果的には色々な人に声をかけてもらいながらここまで来ているわけです。だから、そういう機会がきた時に、とにかく自分の力を発揮できるようにしておくことが大切だと思います。

キャッチポール若菜

Writer キャッチポール若菜

映像翻訳者
イースト・カロライナ大学 音楽学部を卒業後、外資系企業のマーケティング業に約8年間携わり、現在ではフリーランスで字幕翻訳、エンターテイメント系通訳業に従事。親族全員で5カ国の国籍が集まるインターナショナルな家族を持つ。リズムーンでは、「英語でつかむボーダレス・マインド」を連載中。
http://www.nlc-jp.com/

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Photographer 小林友美

静岡県生まれ。スタジオ勤務を経て上京。2004年よりフリーランスとして活動開始。東京都在住。雑誌、書籍、Webを中心に活動中
http://www.tomomi-kobayashi.net/