Vol.93 翻訳家・エッセイスト 中島さおりさん

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Profile

中島さおり

早稲田大学、学習院大学大学院を経て渡仏。パリ第3大学比較文学DEA。フランス人の夫、中学生の子ども二人とパリ近郊に暮らす。『パリの女は産んでいる―〈恋愛大国〉フランスに子供が増えた理由』(ポプラ社)で第54回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。他の著書に『パリママの24時間』(集英社)、『フランスではなぜ子どもが増えるのか』(講談社新書)、訳書にグレゴワール・。ドラクール『私の欲しいものリスト』、ダヴィド・フェンキノス『ナタリー』(早川書房)、マブルーク・ラシュディ『郊外少年マリク』(集英社)、絵本にクリステル・デモワノー『ハロウィーンってなぁに? (はじめてBOOK)』(主婦の友社)など。

中島さおりさんのブログ

最初の本を書くまで

中島さおりさんと最初に会ったのは12年前。偶然にもお互いが出産予定日間近で、大きなお腹を抱えながら、フランスの出産事情や結婚制度などについて、あれこれとお話した。ちょうど先進国のなかでフランスだけが、出生率を上げることに成功した時期だった。

「なぜ、フランスでは出生率が回復しているのか?」、中島さんから聞くエピソードは驚きの連続だった。

「フランスも他の先進国と同じように、少子化の傾向にありましたが、ある時期から政策が働くを女性をサポートする方向に向かいしました。「結婚か仕事か」「仕事か出産か」を選ばなくても済むようにしたのです。「仕事も出産も」自分で選べるようにしたら、多くの女性は「それなら産んでみたい」と、自然に思うようになりました」

20141008_int_2.jpg具体的には「保育園の不足を、保育ママやベビーシッターに補助金を出す形で補い、保育園探しにやっきにならなくてよいようにする」「子どもの数に応じた、交通機関の割引」といった制度のほか、フランスならではと思うのは「体力(及び性的魅力)回復のためのリハビリが一般的で、公的なサポートがある」ことだろうか。

「フランスはカップル文化の国ですから、小さな子どもがいても、夜、家において夫婦で出かけます。お互いにパートナーとしての魅力があるかどうかをとても大事にする。子どもが生まれると、お互いをパパ、ママ、と呼び合う日本とはずいぶん違いますね」

他にも事実婚が一般的で、「第一子に限れば婚外子のほうが多い」などなど、中島さんから聞くフランス社会の話は刺激的だった。パリに暮らす日本人は多いけれど、日常生活に流されずに、政治の動きや社会の仕組みについて考え、論考する知性を持ち続けられるのは稀有なこと。中島さんはジャーナリスティックな視点と柔らかな人柄のバランスが魅力的だった。

当時、出版社で書籍の編集をしていた私は、「産休から戻ったら、一緒に本を出しましょう」と約束して、互いの安産を祈ってわかれた。3月の恵比寿ガーデンプレイスだった。

デビュー作が、日本エッセイストクラブ賞を受賞!

フランス文学を研究していた中島さんは留学のためにパリで暮らし、働き、結婚し、子育てを続けている。本を出すにあたって、中島さんが懸念していたのは「自分にとっては当たり前のことが日本の読者に面白いのだろうか?」そして「フランスにもさまざまな問題があり、日本のほうが良い面もある。フランスを理想の社会のようには書きたくない」ということ。

「留学生活が長く、日本に帰国して数年で、家庭を持つためにまたフランスに戻りました。本を書く話があったときには、日本の事情には少々疎くなっていました。自分では「読む人が何を面白がるのか分からない」ところもあったんです」

編集者の私は、フランスで暮らしていると当たり前の出来事でも、日本の読者には驚くようなことがある。「日本とは違うルールで成り立つ社会がある」と相対化されるだけで、気持ちが晴れる人がいることは、かつての自分がそうだったので確信していた。

20141008_int_3.jpgいざ原稿をいただくと、翻訳を生業としているだけあって、文章のテンポがよく、考察をしている部分も硬くなりすぎずチャーミングだった。気になるテーマでもあり、書いていただく途中で、引っかかるテーマや表現について、激論を交わすこともあった(笑)。
(たとえば避妊法やピルについて、中島さんと国際電話で話をした日が懐かしい)

中島さんの最初の著書となった『パリの女は産んでいる―〈恋愛大国〉フランスに子供が増えた理由』は、インタビューや書評でも多く取り上げられ、日本エッセイストクラブ賞を受賞した。

フランスの働きかた

フランスではフリーランスの女性はどのように働いているのだろうか?
前提として、フランスでは働く女性のほうが一般的で、専業主婦はごく少数だという。その点は日本も同じだが、違いは出生率の差にある。つまり働きやすく産みやすいかどうか。

「フランスでは専業主婦でいることはステイタスではありません。働く能力がない人、と見られてしまいます。そうでない例としては、たまに、数は少ないですが、夫が非常に裕福な層で働かないというケースがあります。ただ、そういう人は社会活動に関わっていて、何もしないという人は少ないですね。あるいは子どもが3、4人いると、さすがに子育てが大変なあいだは働かない、という人はいます。
子どもも2人くらいでは、まず仕事はやめません。育児休業は3年間まで延長できるので、長く休む人もいます。と言っても、職種によっては3年も現場を離れていると対応できなくなることがあるので、1年で復帰する人が多いですね 」

20141008_int_1.jpgまた、正規雇用と非正規で、社会保障の差がない点は、日本と大きく違うところだろう。

「フランスでは原則的にパートタイムなどの雇用にも補償があります。日本だと「アルバイト」と言われるような働き方でも有給休暇がとれて、条件を満たせば育児休暇が取れます。年金も積み立てられるし、子育てとの両立が日本ほど難しくないんです。若者の失業率は高いですが、新卒一括採用ではないので、見習いなどで経験を積んでからの就職が可能です。この「見習い」が実は非正規雇用に相当するもので、薄給、補償がないなどの問題はあるのですが、職歴にはなるので、その後、正規雇用に就くことができます。その点、新卒時に就職できないと極端に不利になる、日本とは違いますね」

中島さん自身は、翻訳者、著述業として家で仕事をしている。こうした働き方についてはどう考えているのだろう。

「私の両親は文系の大学教員だったので、比較的、家にいる時間が長かったんです。母はずっと大学で教えながら私と妹を育てていたので、母親になっても働くのだろうと思っていました。ただ個人的には、子どもが小さいあいだは仕事をセーブして、一緒に過ごす時間を持ちたいと思っていました。私の場合、フランスで子育てしていますから、子どもたちの日本語を育てるためにも、私が会話をするのは大切。その点、家でできる今の仕事はよかったと思います」

翻訳も、エッセイも

さて、中島さんの活躍に話を戻すと、『パリの女は産んでいる』が刊行されてからは、フランスのワーキングマザー事情や、子育てに関するもの、フランスで成長する子どもたちにいかに日本語を教えるか、など教育に関するエッセイを書くほか、翻訳もコンスタントに手がけている。

翻訳は『ナタリー』『私の欲しいものリスト』など、文学性が高く、スタイリッシュで、今のフランスで人気のあるな作品が多い。今後は、重厚な文学作品も手がけてみたいし、日本文学のフランス語への翻訳もやりたいと思っているが、「なかなか日本人には任せてもらえない」のだそうだ。ともあれ、ここ数年は翻訳の仕事が多かったので、また自分で書いた本をまとめたいという。

安倍政権下、女性の登用が声高に言われている今、新しい中島さんの本が待ち遠しい。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための4つの質問

質問1 フランスのフリーランス事情は?
フランスでは日本よりも雇用条件が整っているので、いわゆるフリーランスの人は少ないんです。たとえば日本ならアルバイトとされるような働き方でも、正規雇用としての待遇を受けられます。働き方が自由なので、あえてフリーランスを選ぶ人は弁護士やカメラマンなどです。
質問2 フリーランスとして働くことのメリットは?
私の場合は、子どもの成長にあわせて、じっくりつきあえることですね。母が大学に勤める研究者だったのですが、普通の会社勤めの人に比べると家にいる時間も多くて、自分も同じように子どもと過ごしたいと思いました。一緒に本を読むとか、話をするとか、何気ない時間が大切だと思います。
質問3 新しい企画はどのように決まるのですか?
翻訳に関しては、自分がフランス語で読んで面白かった作品を翻訳候補として提案することもありますが、出版社で刊行が決まったタイトルの翻訳を依頼されるケースのほうが実際に本が出る可能性が高いです。
質問4 これから書きたいテーマは?
2人の子どもが10代になって、フランスの教育システムについて考える機会が増えました。実際に知ってみると、得意な教科やジャンルを生徒が選んで、進路にも生かせるシステムがあったり、なかなか良いな、と思ったり。一方、私は子どもたちに日本語を身につけて欲しいと思うのですが、フランスで生活しながら、言葉や文化を教えるのは親も子どもも努力が必要です。バイリンガルとして育っている子どもたちを見ていて、こうしたこともテーマにしていけたら、と思っています。(*1)

*1 ウェブマガジンでの連載「バイリンガル狂想曲」のバックナンバー


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中島 さおり
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矢内裕子

Writer 矢内裕子

編集・ライター
出版社勤務を経て、独立。現在はフリーランスの編集・ライター。
人物インタビュー、アート、日本の伝統文化、本などを中心に活動。
ヨーロッパのブックフェア、出版社研修を経験し、家族の仕事で
育休期間をイタリア・フィレンツェで過ごし、海外事情に興味あり。

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Photographer 小林友美

静岡県生まれ。スタジオ勤務を経て上京。2004年よりフリーランスとして活動開始。東京都在住。雑誌、書籍、Webを中心に活動中
http://www.tomomi-kobayashi.net/