Vol.97 放送作家 ほし友実さん

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Profile

1976年、福島県会津若松市生まれ。放送作家を目指して、大学時代より演劇活動やライター・放送作家業をスタート。1999年に古舘プロジェクトに所属。その後、関連会社の取締役を経て2008年3月に独立。同年11月に長男を出産、12月に株式会社トモミ.スターを設立する。女性の視点で作るバラエティ、育児・教育、F2〜F3が気になる美容・生活情報、ナレーション、再現VTR台本、音楽番組、ドラマ・アニメ脚本が得意。

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「放送作家」という職業との出会い

今回ご登場いただくほし友実さんは、『ワラッチャオ!』(NHK・BSプレミアム)、『にじいろジーン』(関西テレビ・フジテレビ)、『菊池桃子のミュージックサタデー』『桐谷美玲のラジオさん。』(文化放送)など、テレビ・ラジオのレギュラー番組6本のほか、Webメディアの仕事を手がける放送作家。そして、福島の会津若松で両親のサポートのもと子育てをしながら、1カ月の半分は東京や大阪に出張して働いているというシングルマザーでもある。「地方に移住してのびのびと働きたい」という最近の傾向と真逆を行くほしさんのワークスタイルを聞いてみたくなり、さっそくインタビューさせていただいた。

「放送作家」とは、一言でいうと、「テレビやラジオの番組をつくるお仕事」のこと。だが、プロデューサーやディレクターの要望に合わせて番組の企画を起こしたり、放送台本を作ったり、出演ゲストを選定したり、と番組によって担当業務はさまざまだという。そもそも、ほしさんが放送作家という職業を知ったのは、中学生時代にまで遡る。当時、国語の教科書にのっていた『字のないハガキ』という向田邦子さんのエッセイとの出合いがきっかけだった。「戦争中、学童疎開をすることになった妹と父の手紙のやりとりを綴った話なんですが、なぜかものすごく好きで、授業はそっちのけで何度も読んでいました」。そして、向田邦子さんに興味を持ち経歴を調べてみると、ラジオの放送作家からスタートしていたことを知る。自分も放送作家を目指そうと決意したほしさんは、高校卒業後に上京し、放送作家への道を模索した。

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チャンスが訪れたのは、大学4年生のとき。放送作家の事務所があると聞き企画書を送るも返事はなし。だが、半年くらいたったある日、「放送作家の見習いを募集するので面接を受けませんか?」と連絡があった。面接を受けて見事見習い放送作家として採用されたのが、古舘伊知郎さんらが所属する「古舘プロジェクト」だった。見習いといっても特別な研修があるわけではなく、先輩2〜3人についてOJTで仕事を学んでいくスタイル。月給制で、「自分で仕事を取ってきたり、見習いで仕事に入ったりして、基準となる収入を半年間キープできたら報酬制に切り替える」という条件だったそう。

男性優位の業界で女として活躍するためには?

ずっと憧れていた放送作家として、がむしゃらに働く日々。「今は女性の放送作家はだいぶ増えてきましたし、逆に『女性目線が欲しい』と言われることも多くなってきましたが、当時はまだまだ女性が少ない業界でした。『同じ能力があるなら、若い女性は珍しいから』という理由で、いろんな現場に連れていってもらえたのはよかったのですが、それが原因でいじめられたこともありました」

「女と見られないためにはどうしたらよいか」を真剣に考え、太るため、寝る前に板チョコを1枚食べるのを日課にしていた時期もあったそう。でも結局、中途半端にしか太れず断念。その後、化粧をするのを止めたら、なにかが吹っ切れて仕事もやりやすくなった。その習慣は今でも続いていて、仕事のときはつねにすっぴんだという。

見習い開始から3年後には、月給制から報酬制の放送作家へ。同期の中で一番の出世だった。事務所に所属はしているものの、経理以外はすべて自分でやるという、ほぼフリーランスと変わらない状態になった。

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33歳で出産。仕事と子育てのやりくりの難しさを痛感

その後、ほしさんは結婚し、33歳で長男を出産。不規則で24時間働くのがあたりまえのこの業界で、仕事と子育ての両立は可能なのだろうか?

「一家の大黒柱を担っていたので、出産後も仕事をペースダウンしたくなかったのですが、せざるを得ない時期はやはりありました。でも、一度断ったら次があるかどうかはわからないのが業界の常。『このまま仕事がこなくなったらどうしよう』という不安や葛藤はつねにありました。まわりに子育てしながらバリバリ働いている女性の放送作家がほとんどいなかったし、そういう人と働いたことがある男性スタッフもいなかったので、まわりからも『子どもを育てながら本当に働けるの?』という目で見られていたように思います」

出産前後で台本作成の仕事だけは休まずに続け、2ヶ月後には現場に復帰。保育園に入れるまでの2ヶ月間はベビーシッターや子連れ出勤でなんとか乗り切ったが、業界特有の働き方への理解の得にくさを感じたという。「保育園の申請書類に27時終了と書いたら、保育課で『これってどういうことですか?』と言われて。仕事帰りに深夜タクシーに乗ったら、『そんなに小さい子どもを預けてなにやってるんだ!』と怒られ、途中で降ろされたこともありました」

夫からは仕事への理解が得られず、安心して仕事ができない状態が続いた。次第に夫婦関係にも問題が生じ、ほしさんは離婚を考え始める。

離婚、そして福島の実家に戻ることを決意

「シングルマザーでやっていけるかどうか不安だったので、カウンセラーや先輩シングルマザー3人に半年くらいかけて相談しました。あるとき、『実家が頼れるなら頼ってみたら』と言われてハッとしたんです。バスと新幹線を使えば2時間半、高速バスもあるので、できないこともないかなと。それで、福島の実家に帰ることにしました」

今は、実家の両親のサポートのもと、福島と東京、大阪を行ったり来たりする日々。一週間のスケジュールは以下のとおりで、誰もが真似できるスタイルではないが、淡々と自然体でこなされているのが印象的だった。「大変そう、とよくいわれるけれども、以前よりも仕事に打ち込めるようになった」とほしさん。

「東京に住んでいた頃は、夜遅い仕事や土日の仕事がとにかくしづらくて。生放送の途中なのに子どもを迎えに行かねばならなかったり、スタジオや会議に子連れで行かねばならなかったり。安心して仕事ができるのは、子どもが保育園に行っている間だけでした。でも、今は両親の手厚いサポートがあるので、夜の会議も土日の収録も、突発的な打ち合わせも、安心して対応できています。本当にありがたい環境ですね」

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月の半分は家をあけてしまうが、子育てや息子さんとの接し方において、ほしさんなりのこだわりがある。それは、行けるときは幼稚園の送迎を自分ですること、幼稚園の行事には参加すること、そして、子どもを子ども扱いせず一人の人間として接し、新しく仕事を受けるときも、いいかどうかを息子さんに聞いてから決めるようにしているということ。

「まわりの人がどう思うかはあまり気にならないですね。自分がブレなければ、どこでも楽しくやっていけると思うんです。いろいろ辛い時期もありましたが、今は安心して仕事に打ち込めますし、仕事が子育てに、子育てが仕事によい効果を与え合っていて、両方を楽しむことができています」

今後は、ドラマの脚本をもっと手がけたり、福島の魅力をアピールするような番組企画などもやってみたいと話すほしさん。ブレない強い軸とともに彼女にしかできないスタイルで、仕事も子育ても欲張りに楽しむ姿は、これから同じ業界を目指す女性、そしてシングルマザーを含む多くの女性に勇気を与えてくれそうだ。

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自然豊かな田舎暮らし。「雪が積もると子どもたちは大はしゃぎ! びしょびしょになってもへっちゃら! 冬は雪が子どもたちの遊び相手になります」(ほしさん)。

ある一週間のスケジュール

7:00 起床
9:00 幼稚園へ子どもを送る。帰宅後、自宅作業
14:00 幼稚園へお迎え
9:30 バスで東京へ
15:00 会議に参加。終了後、局で深夜まで作業。
仮眠をとる。
10:00 番組収録
15:30 バスで福島へ
19:30 帰宅後、家族で夕食
7:00 起床
9:00 幼稚園へ子どもを送る。帰宅後、自宅作業
14:00 幼稚園へお迎え
16:00 バスと新幹線を乗り継いで東京へ
20:00 会議に参加。終了後、局で深夜まで作業。
そのまま仮眠。
10:00 番組収録
16:00 番組収録
6:00 始発の新幹線で大阪へ
8:30 生放送の収録立ち合い。終了後、会議、打合わせ
15:30 飛行機とバスで福島へ
19:00 帰宅
オフ

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

月々の交通費は、ずばりどれくらいかかるのですか?
イレギュラーの打ち合わせなども含めると、宿泊費も含めて20〜25万円です。東京での生活費よりも安くおさえられています。
移動中はどんなことをして過ごしているのですか?
タスクの整理や一ヶ月先のバスや飛行機、新幹線のチケット予約など事務作業をしています。切羽詰まったときは、台本を書くこともあります。
ハードな生活を続けるために、気をつけていることはありますか?
やはり体調管理ですね。元々健康オタクですが、より一層気をつけるようになりました。行きつけの鍼灸院に月2回は通って、メンテナンスも欠かせません。
仕事で大切にしていることは?
地方に住んでいる感を出さないことでしょうか。移住したのは私の都合なので、急な打ち合わせなどにもフットワーク軽く対応できるようにしています。一方で、地方に住んでいるからこその目線は大事にしたいと思っています。テレビはどうしても視聴率主義的なところがあって、内容も東京在住の方向けになっていますが、地方在住の視聴者や子育て中の女性の視点を企画に盛り込めないかといつも考えています。
放送作家になりたい女性へのメッセージをお願いします。
世間の方々が「放送作家」にどういうイメージをお持ちか分かりませんが、実際はとても泥臭い仕事ですから、体力と、何事にも負けない精神力は必要です。どんなことでも楽しめる人が向いているかも。

ピンチもこれがあればOK!私の最終兵器はコレ

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腰に疲れが出やすいので、骨盤のゆがみを整えてくれる「骨盤職人」という器具でマッサージしています。とても気持ちよく、リラックス効果もあります。

ほしさんのお仕事道具を拝見!

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パソコンとスマートフォンとイヤホン。携帯ケースの中には、テレビ局の入館証が入っている。

オノリナ

Writer オノリナ

合同会社カレイドスタイル代表
心を動かす価値ある情報やモノをキュレーションして届けたい!という想いのもと、国内外のネットワークを活かして最適なチームを組みながら、企業のメディア運営やサイト制作、ECストア「24rhythm」などのWeb関連事業を手がけています。人生を欲張りに味わい尽くしたい3児の母、リケジョWeb編集者。趣味は卓球。

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Photographer 小林友美

静岡県生まれ。スタジオ勤務を経て上京。2004年よりフリーランスとして活動開始。東京都在住。雑誌、書籍、Webを中心に活動中
http://www.tomomi-kobayashi.net/