Vol.99 イタリアコラムニスト 大矢 麻里さん

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Profile

イタリアコラムニスト。東京生まれ。短大卒業後、幼稚園教諭、大手総合商社勤務などを経て、1996年にイタリア・トスカーナの古都シエナに移り住む。国立シエナ外国人大学で学び、現地の料理学校で通訳・アシスタントを務めるかたわら執筆活動を開始。NHKラシオテキスト『まいにちイタリア語』『朝日新聞デジタル&M』などにイタリア文化や生活関連の連載・執筆多数。NHK『マイあさラジオ』をはじめ、ラジオ番組でもコメンテーターとして活躍中。

突然の一言で移住を決意。
イタリアではじまった新婚生活

フィレンツェから南へ60km、イタリア半島のちょうど真ん中にある人口約5万4千人の中世都市・シエナ。旧市街の建物の多くは中世ルネッサンス期に建てられた赤茶色のレンガ造りで、街全体が世界遺産に登録されている。城壁に囲まれた町を一歩出ると、夏はヒマワリ畑、秋はブドウ畑の田園風景が広がる。深い歴史と豊かな自然の両方を味わえるシエナで、イタリアコラムニストとして活動しているのが今回登場する大矢麻里さんだ。

移住のきっかけは、夫の突然の一言だったそう。

「1996年の夏、当時雑誌編集記者をしていた夫(当時は結婚前)が突然『イタリアのシエナで暮らす!』と言い出しました。イタリアでフリーランスのジャーナリストとして仕事をするために、まずはシエナにある外国人大学で勉強したいと。とても驚きましたが、『二人なら何とかなる!』と急遽、結婚式もせず入籍。挙式・披露宴や結婚指輪の費用は学費と生活費にすることにして、夫はその4日後に、私は勤務していた総合商社の仕事にけじめをつけて3ヶ月後にイタリアへ渡りました」

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世界一美しい広場といわれる「カンポ広場」

イタリア通でもなければ、イタリア語のイの字も知らなかったという大矢さん。大学の授業についていくのは容易ではなく、加えてイタリアで始まった夫との暮らしもゼロからのスタート。急激な環境の変化に心がついていくことができず、大矢さんは精神的なバランスを崩してしまう。「20年前は、今のようにネット環境が整っていなかったので、日本の家族や友達と気軽にコミュニケーションをとることもできませんでした。イタリアで知り合いができても、心の内を話すまでには到底及ばない語学力でしたし。精神力だけでは乗り越えられないこともある、頑張らないことも大事、そんなことを知った時期でもありました」。

イタリア生活の中で見えてきたひとつのテーマ

そんなある日、夫が持ってきた1枚のチラシが突破口となる。それは、シエナに新しく開校した料理学校の案内だった。「『所詮食いしん坊なんだから、言葉がわからなくても、旨いもんを食べてくればいいじゃない』という夫の言葉に押されて通うことにしました。レッスンは、先生の家族や参加者の友だちまでワインを抱えてふらっとやってくるようなアットホームな雰囲気で、日本の家族や友達と離れてきた私の寂しさを次第に埋めていってくれました」

「私もイタリアで何とかやっていけるかもしれない」
料理学校をきっかけに、元気を取り戻した大矢さん。その後、料理学校に勉強にくる日本人向けの講座でアシスタント兼通訳を始めるなど、少しずつ活動の場を広げていった。そうした日々の生活の中で大矢さんは、イタリアは「食」ひとつをとっても地域性が豊かで、日本のマスコミでは伝えきれていない伝統的な文化があることに気づく。「イタリアの生の姿を日本の皆さんにもっと知ってもらいたい!」という思いが次第にコラムやエッセーを書く仕事へ繋がっていき、36歳のときに、夫とともに個人事業主として事務所を設立した。

日本とイタリアの間でスムーズに仕事を進めるには?

現在、大矢さんは、新聞・雑誌・Webなどでイタリア文化や生活関連の連載・執筆を担当しているほか、ラジオ番組でもコメンテーターとして活躍している。イタリアの一般家庭や知られざる地元商店に入り込んだ取材が得意で、最近では、フランス、ドイツ、スイスなどの近隣国にも活動範囲が広がってきた。ちょうどこのインタビューの件でメールをやりとりしていたときも、ミラノ国際博覧会の取材に出かけていたまっ最中で、昨日帰宅する予定が、鉄道ストのため延泊になってしまった、とのことだった。

「こんなことは日常茶飯事なので、慣れっこですね(笑)。イタリアでの暮らしは、日本の便利さを基準にしてしまうと何もかもが不便といっても過言ではありません。たとえば電車やバスなどの公共交通機関が充実していませんし、シエナは市内であっても終バスが夜8時台! 最近、日曜営業の店が出てきたものの、いまだにコンビニはなし。今日注文して明日届くような宅配便システムも確立されていません。日本のスタンダードな暮らしと比較することはナンセンス、と考えるようにしています」

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取材中の大矢さん

そんなおおらかな気質をもつイタリア人と日本のクライアントとの間に入って仕事をスムーズに進めるにはいろいろコツがありそうだ。

「イタリア人との交渉は時間がかかるので、日本のクライアントに心配や迷惑がかからないよう、かなり前倒しで調整にあたり、その都度報告を欠かさないようしています。あと、日本との距離を感じさせないレスポンスも大事ですね。問い合わせに対して完璧な答えが用意できなくても、受信した旨の返信はすぐ戻すようにしています」

伝統工芸品の裏に潜むストーリーが凝縮した一冊

イタリアに移住して、まもなく20年。この度、初の著書として、NHKラジオテキストに2年間連載していた「工房探訪」が書籍化されることとなった。この企画はどのようなきっかけでうまれたのか?

「イタリアには世界に名だたる芸術品が存在しますが、それ以上に私を惹きつけたのは、日々の暮らしの中で目にする身近な伝統工芸品の美しさでした。"暮らしの中で息づく美"に触れるたびに、制作工程や職人たちの生き方に至るまで興味が募っていったのです」

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ラツィオ州ヴィテルボの製本工房にて

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左)オリヴィエート・レースで編まれた幸運を呼ぶ孔雀のモチーフ。右)ロマーニャ地方の伝統的スタンプ染めを施したリネン。

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左)溶液に流したインクを紙に転写したマーブル紙を使用した小物たち。右)土台となる蝋燭に描かれる「イコン」と呼ばれる宗教画。

訪れる工房は、家族経営を主体とした小規模なところがメイン。イタリア人のつてを頼りながら時間をかけて探し、取材、撮影もすべてひとりで行った。その時のエピソードを大矢さんはこう振り返る。

「小さな工房はよい意味で商売っ気などなく、ようやく連絡先を手に入れてコンタクトをとっても返答がもらえない場合がほとんど。そんなときは、しつこいくらいにメール、手紙、電話作戦を繰り返しました。いざ連絡が取れれば大歓迎で対応してくれるのですが、取材許可にたどり着くまでが最大の難関でした」

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エミリア=ロマーニャ州の伝統工芸であるスタンプ染め工房を営むフランコさん。

「日本ではまだ知られていない、イタリアの生の情報を届けたい」という思いを胸に、一歩ずつ着実に歩み続けてきた大矢さん。最後に、イタリアで働く魅力について伺った。

「イタリアの人たちは、たとえ仕事上で知り合った相手でも、少し親しくなると、実にフランクに自分の人生や家族の歴史までも語って聞かせてくれます。私はそのたびに、イタリア人も日本人も同じように泣いたり笑ったりしながら生きていることにホッとしたり、人間っていいな、と胸を熱くします。そうした彼らの生の姿を伝えられるのは、この地に暮らしていなければできない私の役目だと感じています。これからも、一人ひとりの顔が浮かぶようなレポートを発信し続けていきたいと考えています」

『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社刊)を3名様にプレゼント!

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ある一日のスケジュール

06:30 起床 朝食
07:30 メールチェック
(前日に日本のクライアントに送った返事が届いているなど、7時間の時差は双方にとって好都合なことが多い)
08:00 イタリアおよび周辺国のニュースを衛生テレビでチェック
08:30 語学学習タイム
(夫とともにネットやDVDを用いて仏・独・英を日替わりで学ぶ)
09:00 メールや電話で取材先との打ち合わせ、原稿執筆
(デスク前に連続で座るのは15分まで。タイマーが鳴ったら掃除・洗濯・昼食の支度などを15分やって戻る。溜まった書類を捨てにかかる断捨離タイムもあり)
12:00 衛星放送で日本や中国のニュースを見ながら昼食
13:00 昼寝(午後からの集中力が違います)
14:00 買い物(スーパーが空いている時間に行けるのがフリーランスの特権)
15:00 取材または原稿執筆
20:00 夕食やリラックスタイム
21:30 入浴、ストレッチ
23:00 メールチェックをして就寝

ピンチもこれがあればOK! 私の最終兵器

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我が家のバスルームには浴槽がなくシャワーのみ。イタリア人はゆっくりお湯に浸かる習慣がありません。そこで「あ〜疲れた」というときは、シエナ近郊にあるさまざまなスタイルの温泉施設に出かけます。こちらの写真は川に注ぐ天然温泉。冷たい川の水と混ざってちょうどよい湯加減に。緑を眺めながら隣り合わせた人とおしゃべりをしているとリフレッシュできます。我が家のお財布に優しく無料なのも◎です。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

イタリアのフリーランス事情について教えてください。
仕事をともにするジャーナリストやカメラマン、広報関係者の多くは大手出版社や広告代理店などの仕事を手がけていますが、そのほとんどがフリーランス契約です。
イタリアは景気の低迷が続くなか、雇用情勢は厳しくなるいっぽう。失業率は若者だけを見ても40%を超えました。こうした背景から、雇用を選ぶかフリーランスの道に進むかという選択さえ許されないというのが実情です。イタリアでは納税義務をこなすために、毎年およそ1ヶ月は税金を払うためだけに働いているという調べもあります。フリーランスである私も収入の約半分は税金に持っていかれます。イタリアの付加価値税は現在22%。日々の買い物も決して容易ではありません。
シエナのフリーランス事情はどうですか?
シエナは観光地という土地柄から、ガイドとして子を持つ女性たちが多く活躍しています。イタリアの小学校は子どもの安全確保のため、バス通学を除いて、保護者の送迎が義務付けられています。核家族化が進み、祖父母などに子どもの面倒を頼むことが厳しくなってきているので、スケジュールを組み立てやすいフリーランスのガイドという仕事は、母親たちの選択肢のひとつになっています。
取材や記事を書く際にこだわっていることはありますか?
体当たり取材をモットーにし、相手とじっくり向き合いお話を伺うようにしています。また、取材したその日のうちに、ラフ原稿でよいので必ずノートに書き留めています。時間がたつと、やはりその時の感動が薄れてしまうから。これは昔、執筆を始めたころに夫からもらったアドバイスです。
営業はどのようにされていますか?
日本への一時帰国時に、既存のクライアントはもちろん、新規開拓のための挨拶回りをこなします。滞在時はイタリアにいるときよりも多忙になります。
「海外を拠点に働きたい」人へアドバイスするとしたら?
イタリアに来た当初は、自分の働き方をすぐに見つけることができず焦ってもがきました。でも、大都市に比べて"良き時代のイタリア"の面影が残るシエナの暮らしは、「人生、ゆっくり生きてみたら。まわりを見渡せば人生の楽しみは転がっているよ」と生きる知恵のようなものを、無言で教えてくれました。そうした無意味に思えた時間の中で感じたことや出会った人たちが、今の私の財産となっています。暮らしたいと思う国で、強く興味を惹かれるものさえ見つけられれば、いきいきと働ける道は開けると信じています。
一方で、経済的な面では綿密なシミュレーションをしておくとよいでしょう。我が家では、「貯蓄がこれ以上減った場合は潔くイタリアを撤退する」というボーダーラインを定めていました。いざという場合の余力を残しておくことは大事だと思います。
オノリナ

Writer オノリナ

Webプロデューサー・リズムーン編集長
リズムーンを運営する合同会社カレイドスタイル代表。女性向けWebメディア編集、フリーランスを経て、2014年に法人を設立。国内外のネットワークを活かして最適なチームを組みながら、研究機関のサイエンスアウトリーチ支援や、企業オウンドメディアの女性向けコンテンツ企画・制作を数多く手がけている。また、独立時に苦労した自らの経験から、女性フリーランスコミュニティ「リズムーン」を2009年に立ち上げ、「個」が主役の多様な働き方を加速させる社会の実現に向けた事業・サービスを展開している。プライベートでは、3人の子を持つワーキングマザー。趣味は卓球。

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