Vol.104 調香師 新間美也さん

パリに住み、和の香水を世界に向けて発信。日本での販売が、いよいよ本格スタート

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Profile

1970年静岡県生まれ、1997年よりパリ在住。京都の大学でフランス語を学び、卒業後は一般企業で働く。調香を学ぶために渡仏し、調香師学校サンキエームサンスを修了。自分の香水をつくりたくなって3種類を制作。2000年、それらを有名な老舗デパートのボン・マルシェにて販売することになり、「ミヤ シンマ パルファン(Miya Shinma Parfums)」の名が一躍有名になった。
幼少時から、ピアノを弾くことが趣味。香水について学びたいと思ったのは、会社員時代のある日だった。雑誌のインタビュー記事にあった「調香は、オーケストラのシンフォニーの作曲とよく似ている」という一文に衝撃を受けたため。香りが芸術だという考え方は、以来、新間さんの生き方をガラリと変えた。フランス調香師協会(Société Française des Parfumeurs)会員。著書に『パリのレッスン』(光文社)『恋は香りから始まる』(飛鳥新社)『アロマ調香レッスン』(原書房)など

ミヤ シンマ パルファン(Miya Shinma Parfums)http://miyashinma.fr/ 
新間美也さん設立の調香学校 アトリエ・アローム&パルファン・パリ(静岡県)
http://www.aromesparfums.com/ 

「新間さんの香水を試せる」お得情報
ミヤ シンマ パルファンは、新宿伊勢丹の香水の祭典「イセタン サロン ド パルファン ISETAN Salon de Parfum 2016」に初出展。
2016年11月22日(火)~ 11月28日(月)
同店本館7階催物場にて10:30~20:00 (最終日は18:00終了)。
パンフレット一面にもミヤ シンマ パルファンが。

http://my.ebook5.net/isetan/1611salondeparfum/ 
伊勢丹のオンラインストアでも販売。

http://isetan.mistore.jp/onlinestore/beauty/index.html

パリの中心部、建物が密集する通りに面した分厚く重いドアを開けると、中庭が広がる。両脇には、パリらしい石造りのアパルトマンが立つ。階段を上ると、アトリエから新間美也さんが出てきた。

「普段着は黒系が多いです。無意識のうちに仕事着も黒系ですね。調合するときは白衣を着ます。ヘアスタイルをよく変えますが、最近はずっと、このボブカットです。日本的な雰囲気が強く出るのが気に入っています。お手入れがしやすいこともいいですね(笑)」

新間さんには、数回お会いしたことがある。黒い装いの中、落ち着いた柔らかなたたずまいはいつも変わらない。この女性が、フランスを始め、周辺国、そしてポーランドやロシアでも人気の香水をつくり、バリバリ働いているというのが少し不思議な気がする。

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香りに囲まれて暮らしたい! 香りを知る旅へ

新間さんは、学生のころも会社員のころも香水に関しては、ほとんど興味がなかった。それが、ふと手にした雑誌のフランス人調香師のインタビュー記事を読んで一転した。「香りについて勉強したい。香りをデザインする調香師って素敵」と気持ちはすっかりと香りの道に向いた。

1997年に最初にパリを訪れた当時、日本ではまだ調香師という仕事はあまり知られていなかった。でも「これからの人生、香りに囲まれた暮らしは楽しそうだから」という理屈ではない感覚だけが旅立ちを後押しした。

「調香は鼻の機能が命です。機能が特別に優れている人が就く職業かと思っていて、私に大丈夫かなと、やはり少し心配でしたね。お医者さんに行って、鼻の機能を検査してもらいました。取り立てて問題は見当たりません、あとはあなたの努力次第でしょうと言われました」

サンキエームサンスは、1976年に設立した香水の専門校。ここでは、香りの初心者でこれから勉強したい人から、有名な香水ブランドで働く調香師で専門知識をさらに深めたい人までが学ぶ。新間さんは、同校で初めての日本人生徒だった。学校で学び、日々接するパリの街並みや人々から学び、奥深い香りの世界へぐんぐん惹かれていった。

「香りを嗅ぎ分けるのは才能というより、訓練の賜物だと勉強してから分かりました。私は何百種類という香りの違いを識別できますし、学校を終えたから香料の勉強が終わりなのではなく、いまも新しい香料の情報にはアンテナを張っています。

そして、嗅覚の敏感度スイッチをオンとオフにすることも覚えました。オンにしていると、水とかお茶とか食事とか、あらゆるものの香りが気になります。急いで香水をつくらなくてはいけないときは、一瞬にしてオフにならなくて、ちょっと困りますね」

「嗅覚は年齢とともに衰えます。1番敏感なのは20代と言われています。私もその頂点からは離れていきますが、人生経験やほかの知覚を駆使して、私なりの香水をつくり続けるつもりです」

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百人一首をヒントに、オリジナルブランド立ち上げへ

ミヤ シンマ パルファンは、現在9種類。どれも新間さんが1種類ずつ、時間をかけて丁寧につくりあげた。1種類の完成までは、およそ半年かかる。

「9種類の中で、どの香りが1番好きというのはありません。すべて好きです。私の子どもというか、私の分身のように感じています」

【Miya Shinma Parfums 9種類】

- 印象を重視した香り3種......花、月、風
- 1つの花を極めた香り2種......桜、たちばな
- 季節と色を大切にした香り3種......雪、水、緑の葉
- 森の中をほうふつさせる香り1種......ひのき

本サイト・リズム―ンにちなんで、「月」の紹介

甘くまろやかなオリエンタル調。

香りは時間と共に、トップノート(5分ほど香る)→ミドルノート(1~2時間香る)→ラストノート(長時間香る)と移り変わる。

ヘリオトロープ、バニラ、サンタルウッド、ムスク、竹、ラズベリーの香りを楽しめる。

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Miya Shinma Parfumsの香水。各55ml入り、1万9440円。現在、全9種類。背後の黒い木箱が香水ケース。漆塗り。漆は、ヨーロッパでは、日本の優美を表すものとして高く評価され、黒色はとくに人気がある。

新間さんの香水のつくり方は独特だ。こういう香りをつくると決めて、それを詩にして文字として見てから、さまざまな香りを選んで組み合わせる。最終的にはこの香りにと明確に定めないと、いつまで経ってもそこに到達できないので、大事なプロセスだ。

「みなさんの前に出している香りの説明は短いですけれど、そこに書いていない私の思いはたくさんあるし、いろいろと探したプロセスも長いですね」

新間さんの香水は、見えない香りにその複雑さはにじみ出ている。お世辞ではなく高貴だな、一流品だなと思わせる。こういう調合は、素人の私が想像するよりずっとたいへんなはずだ。

そもそも新間さんは、卒業後、自分の香水をつくろうと意気込んだわけではなかった。フランス人に囲まれて、日本のことをよく聞かれた。そのころは、日本に対して、フランス人たちの関心はいまほど高くなかったから、鋭い質問もあまりなかっただろう。簡単に答えていてもよかっただろうが、新間さんは、自分の国のことを詳しく説明したいと思った。日本に関しての本に手がのび、百人一首も手に取った。

「日本人の自然観て素晴らしいと思いました。百人一首の句を選んで、自分の言葉にして詩をつくりました。その詩から私の香水が生まれました」

実は日本に興味があったという人たちを中心に、彼女の香水は徐々に売れていった。

香りは、幸せな思い出と結びつく

「香りは目に見えません。でも、写真と同じようによい思い出になります」

それはたとえば、新間さんの実家の家屋の香りだ。ひのき造りの家は、四六時中、ひのきの香が漂っていた。子ども部屋もひのきだったそうで、新間さんは、その木の匂いをどこかで嗅ぐと実家での楽しい風景が浮かんでくるという。

新間さんは、Miya Shinma Parfumsブランドに加え、個人から、香水のオーダーも受け付けている。注文者に「一番思い出に残る場所や事柄は何ですか」と思い出をたどる質問をよくするそう。

「香りをまとって、みなさんに幸せな気持ちになってほしいのです。楽しかったこと、嬉しかったこと、そのとき食べたものやまわりにあった植物などの香りを調合すれば、その高揚した気持ちがよみがえってきますよね。熟練したカップルが、出会ったころの燃え上がるような愛情を香りにしたら、その香水は、いまのお二人の心の通い合いをさらに深いものにするでしょう」

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Miya Shinma Parfumsブランドのほか、新間さんは、企業からも個人からもオーダーメイド注文を受け、香水をつくっている。こちらは、個人のオーダー用の特別なボトル。「2人のための香水をつくりたい」とカップルからの注文もあるそう。

調香・販売以外の「自由時間」を持つよう努める

新間さんは、寄せてきた波に乗るようにして起業した。フリーランスという働き方は自分にピッタリだと話す。

「私にとっては、時間的に自由でいたいということが働くうえで最も大切です。調整して、空き時間をつくって、自分のために使う。ふらりと美術館に行ったり、近くを旅したり、夫と田舎でのんびり過ごしたり。日本への出張では日本の家族と長くくつろぐことができないので、仕事とは離れて日本に行って家族と過ごすとか、そういう時間を持ちたい。ブランドを立ち上げてから、全力で走り続けてきて、まったく希望通りというわけではありませんが」

新間さんは、従業員を持たないことも一貫してきた。

「不定期で仕事をしてくれるアシスタントはいます。常時アトリエで働く従業員はいません。従業員がいると、私もずっと在室していないといけなくなります。フランス人の職業観は日本人とは違うので、雇用者と従業員との間でトラブルが起きやすいです。そうすると、それにかかわる時間が取られます。

私は経営のことも考えるとはいえ、自分は芸術家というかクリエーターだと認識しています。自分の香りの世界を追求する時間に関しては、できる限り確保したいと、いつも思っています。

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お買い上げは着物の布でラッピングするのも新間さんのアイディア。新間さんの香水を扱うヨーロッパ各地の店では、全店員にラッピング研修をしてもらっている。また、日本の風呂敷文化全般も学んでもらっているそう。布の柄は随時変わる。

経営者として、いつも、関わっている人たちのことを考える

そうはいっても、香水づくりは製品になるまで一人きりではできない。携わってくれている人たちのことは、いつも気にかけている。

「香水の処方は自分でつくります。それを契約している香料会社に渡すと、処方通りに香水原料を作ってくれます。私は処方通りに香料が調合されているかを確認して、問題がなければ、香水を製造する会社が私の香水を製造します。そこから、販売してもらっている国々に製品が配達されます。

もちろん信頼できる会社を選んでいます。それでも、滞りなくいくか、いつも見守っていますね。ここは日本とは違います。アトリエに配達される荷物が届かなかったりということが、よく起こる国ですから」

新間美也さんのお仕事道具を拝見!

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香水の調合は、まるで科学の実験のよう。ビーカー、掻き混ぜ棒、スポイトなどの機材。そして、もちろん、新間さんが集めた香料の数々。

ある一日のスケジュール

07:00 起床
09:00 アトリエに到着。来年発表予定の香水の制作、その日の日本のスタッフの作業内容を確認。
13:00 自宅でランチ
14:00

アトリエに帰って、お客様への対応。

お客様、取引先、日本のスタッフへのメール返信や書類作成等。

アトリエに到着する香料サンプルの香りのチェックや、香料注文等。  

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時間のあるときは、美術館へお出かけ。

夫と展示会を楽しみ、カフェで感想を述べ合い、展覧会カタログが気に入れば、それを家に持ち帰る。

19:00 夕食
20:30 いまはクリスマス前のため、お客様対応に忙しく、またアトリエに戻って作業の続き。
23:00 帰宅
24:00 就寝

ピンチもこれがあればOK! 私の最終兵器

ピアノを弾くのが大好きです。私のピアノは、パリで買ったアンティークピアノです。フランスのメーカーでプレイエル(ショパンが愛した楽器として有名)といいます。製造されて100年ほど経っているので本当に古いです。 引っ越しのときはドアからピアノが入らなくて、解体して組み立ててもらいましたね(笑)。ピアノ職人さんには、「新しいピアノのほうがいいですよ、買ったらどうですか?」と呆れられたように、ときどき言われます。でも、このピアノに出合ったときの「ああ、この音が好き!素晴らしい!」という感動はいまでも忘れません。心の底から愛着がわいていて、壊れるまで手放せませんね。

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Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

フランス出身のご主人も、やはり香水はつけますか?
ええ、若いころから常用していますね。ただし、私と結婚してからは彼の好きな香りというより、私の好きな香りです。主人は、市場調査のための協力者なんですよ(笑)。 香水は次から次へと新しい製品が市場に出ます。私は嗅覚教育の教科書を作っていますし、どんなものが流行っているのか、トレンドを知ることが必要です。そのために、私が男性用香水を選んで買ってきて主人につけてもらっています。つい先日も、何本も買ってきました。主人は毎日、楽しそうに、代わる代わるつけていますよ。
忙しくても、お料理はされますか?
ほとんど主人ですね、私の出る幕がないくらい主人は料理好きなのです(笑)。上等な鴨肉を、おいしい赤味噌と白味噌で煮たりして、本当に、びっくりするほど、とってもおいしいものを作ってくれます。彼のクリエイティブな一面には脱帽です。
定期の休暇は1年にどのくらいでしょうか?
夏は基本2週間で、もし取れれば3週間です。冬はクリスマスのときに1週間です。フランスの山間に別宅があるので、そちらで夫と一緒にゆっくりと過ごします。もう少したくさん休みたいと思いつつ、なかなか難しいです。
お気に入りの場所、京都ではどう過ごしますか?
多感な学生時代を過ごした京都は、街にいるだけで幸せになります。全体の空気が大好きです。 京都では、仕事のための素材探しをしますね。日本の原点というか、古い日本文化にふれると、日本を再発見したなと感じます。紙、布、うちわなど、心惹かれるままに見て回ります。素の素材といいますか、受け継がれる日本の美の原型に魅力を感じます。東京などの大きな都市は何でもそろっていて面白いですけれど、発展し過ぎているかなと。私が、この素材で何ができるだろうかと考えるのが楽しいのです。クリエーター気質からは逃れられません。
フリーランスを目指す人へ、ひと言お願いします。
たいへんな面はたくさんありますね。そして、よい面も。努力した分だけの喜びではなく、何倍にもなった喜びが自分に返ってくることは、声を大にしてお伝えしたいですね。
岩澤里美

Writer 岩澤里美

スイス在住ジャーナリスト。東京で雑誌の編集者を経てイギリス留学、2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。興味のおもむくままヨーロッパ各地を取材し日本のメディアに執筆中。社会現象の分野やインタビュー記事が得意。NPO法人Global Press(在外ジャーナリスト協会)理事として、フリーの女性ジャーナリストたちをサポート。息子は、私の背丈を超えるまでに成長。
http://www.satomi-iwasawa.com/

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