Vol.106 お弁当屋経営 伊藤美里さん「パリで地元民に愛される手作りお弁当を販売」

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Profile

名古屋生まれ、パリ在住。昭和女子大学初等教育学科卒業後、お菓子好きが高じてパティシエの道へ。8年経験を積んだ後、渡仏。トゥ―ルーズ、パリでも頭角を現し、星つきレストランでシェフパティシエの地位に就く。3人の子どもたちを出産後、超長時間労働のパティシエとして復職する以外の仕事を考え始め、料理上手なことを生かして、フリーランスで働こうと決意。2014年に注文配達弁当業およびケータリングサービス(パーティーやイベント向けの食事提供)を本格的に立ち上げた。2016年5月、パリ市南部のモンルージュ(人口約5万人)にお弁当屋「Misato」をオープン。現在は、夫も店の一員として伊藤さんを支えている。http://misato.cooking

パリではこの数年、日本のお弁当が人気。たくさんのお弁当屋さんがあって、「Bento」という言葉はお馴染みだ。とくにお昼どきには、どの店も、テイクアウトしたり店内で食べたりという人たちでにぎわう。若者も会社員も家族連れも、おいしくて、ヘルシーな日本のお弁当に首ったけというのは、日本人としては喜ばしい限りだ。

約半年前にオープンした「Misato」も、すでにお得意様がたくさんいる。Misatoを開いたのは、伊藤美里さん。「日本のお母さんの味を広められたら」と、毎日奮闘している。

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桜模様が入った赤い看板がかわいらしい「Misato」外観

白米のおいしさを知ってほしい

Misatoは月曜日から金曜日まで(祝日除く)、12時から15時まで開店。利用客は会社員が多い。テイクアウトが基本で、店の前に数席用意しているので、お天気がいい日は店でも食べられる。伊藤さんは、毎朝8時には店に来て、事務的な仕事を済ませ、仕込みを始める。その後、日本人の女性従業員たちが出勤して、メインのおかず数種類、たくさんのお惣菜、白いご飯と次々に仕度が整っていく。

週替わりのお弁当は常時3種類。主菜を肉、魚、ベジタリアンから選ぶ。人気があるのはやはりお肉。そのため、肉料理は数種類準備している。

「お肉は、以前は3種類でしたが、常連のお客様がたくさんいらっしゃるので、もう少し種類を増やしました。週に最低2回は新しいものを加えています」

つけ合わせの野菜(お惣菜)は6種類用意していて、3種類を選べる。これらのおかずの内容は、毎日サイトに記載している。そして、白いご飯がつく。

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Misatoのお弁当。左はベジタリアン(コーンコロッケ)、右は肉(鶏肉のフライ)。1つ9.5ユーロ(約1100円)。野菜がたっぷりでバランスがいい。

「日本人は白いご飯が好きで、この量は普通ですね。フランスの人たちは、この量を食べることに慣れていません。お醤油をたくさん振りかける方もいます。当店のご飯は良質で、みなさん、白米のおいしさを段々わかってきてくれていますが、もう一歩かな、という印象はありますね。少し食べやすくするため、ゴマ塩をあしらっています。ご希望があれば、手作りの照り焼きソースを小さい容器に入れて無料で差し上げています」

白米と同じく、材料にもこだわり、新鮮なものだけを使っている。「私自身も従業員たちも私たちの家族もこのお弁当を食べるので、自分たちが安心して食べられるものをと心掛けています」とのこと。メニューに関しては、「自分が食べたいものを作っています」と笑う。

「味つけは、フランスの人たち向けに変えていません。みなさん、微妙な味ではなく、はっきりした風味を好むので、その点は気をつけています」

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フランス人にも大人気のお惣菜

1日60~80食の手作り弁当を販売 デザートも充実

1日に売れる数は、少ない日で60個、多い日だと85個ほどだそう。多い日というのは金曜日。

「週の勤務日の最後の日で、ああ1週間が終わる!と少し気分が解放されるようですね。小さいお祝いをする気分で、ゆったりとランチを取りたい、ちょっと特別なものを食べようかなと当店に来てくださるようです」

中にはMisatoの大ファンもいる。ベジタリアン弁当をほぼ毎日買うフランス人男性だ。取材した日は工事で一時断水という不具合があり、事前に告知を見た本人から心配の電話があったほど。

「お名前を聞かなくても声を聞いて、あの方だとすぐにわかります。お肉も食べる方です。でも、当店のベジタリアン弁当が大好きなのです。当店は野菜たっぷりのお弁当なので割合と女性向きかと思っていましたが、男性のお客様はとても多いです。看板をデザインしたころから、外観が可愛らしいことで男性のお客様には入店しづらいかもという点を少し心配していました。でも、みなさん全然気にされないですね」

Misatoにリピーターが絶えない理由は、お弁当がおいしいからだけではない。デザートも魅力的だから。フランス人のランチにはデザートは欠かせないとあって、Misatoでもデザートには力を入れている。もちろん、パティシエとして豊富な経験のある伊藤さん本人が腕を振るう。

「お惣菜にカボチャを使ったりと、お弁当は旬に合わせています。デザートも季節に合ったものを作っています。でも、今日もそうですけれど、シュークリームがすごく食べたいという時などは、迷わずシュークリームのレシピをいろいろ見て、作ってしまいますね(笑)」

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さすがは、経験の長い元パティシエ。伊藤さん手作りのお菓子も大好評。取材した日も、バラエティーに富んだデザートが並んだ。左から、マロンケーキ、梨のムースと抹茶ティラミス、アップルケーキ。

パティシエから料理人へ 自由に時間を使いたかった

フリーランスになったのは、パティシエとして復職することが難しいと実感したためだった。

「パティシエは本当に過酷な仕事です。朝6時半に出勤して、夜7時半に帰れないという働き方です。子どもが小さくても働き続けることは、私にとっては当然のことでした。2人を産んで、やっとのことでやりくりしながらパティシエの仕事はしていました。でも、3人目を妊娠して、パティシエとしてお店に務めるのはもう無理だと感じました。3人をかかえて長時間家にいないのでは、家族みんなに大きな負担がかかるのは目に見えていました」

そこで考えついた案が、もう1つの強み、料理の分野でフリーランスになって働くことだった。

「母親業と仕事と両方やるには、自分の好きなように時間を組んで働く以外に方法はない、それなら、すぐにフリーランスになればいいと決めました。迷いはなかったです。すぐにピンときて、パーティやイベントで料理やお菓子を作ることが、少しずつ私の仕事になっていきました」

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伊藤さんは、顧客を増やそうと広告を出した。その広告が、伊藤さんの腕に磨きをかけることに幸いした。広告を見た和食好きの新聞社社長が、「毎日、和食を中心にして、会社で私のランチを作ってほしい。特別なものでなくていい、日本人が日ごろ食べているものを味わいたい」と依頼し、伊藤さんはフリーランスの調理師という形で就職した。

しばらくして、社員たちにお弁当を作るようになり、会議にやってきた外部の人たちにもランチを出すようになってと、伊藤さんの料理の評判が広まっていった。新聞社で働きつつ、注文を受けての配達弁当業やケータリングサービスも続けた。

「さまざまな意見を聞くことができて、とても勉強させていただきました。役職の高い方たちは、やはりグルメが多いです。洗練したお母さんの味を目指して頑張りました。時には、この味がどうしても受けつけないと言われて落ち込んだこともありました。ご飯だけ、ほとんど残しているのを見るのも残念に思いましたね。そうしたことがあったから、より工夫を凝らすことができました」

徐々に忙しくなっていったとはいえ、パティシエ時代に比べてフレキシブルに働けた。

有名企業からも信頼されるお弁当

Misatoならおいしさ満点!と信頼の輪は次第に大きくなった。日本大使館や日本の企業からも、地元企業からもたくさん注文が入るようになった。ルイ・ヴィトンといった有名企業も常連リストに名を連ねて、今もよく出向いている。ファッションやスポーツのイベントで、日本からパリに来て数日滞在する日本人たちも、Misatoの噂を聞きつけた。結婚パーティなど、個人からの注文も増えた。

注文が重なって、お届け先の方向が違い、どうしても時間に間に合わなくて、伊藤さん自ら配達したこともあったそう。

「振り返ると、本当に何でもやりましたね。お店を持ちたいと思うようになったのは、長期的視野に立って自分の状況を見たからです。お客様が増えてきて、一時的に調理のお手伝いを誰かにお願いするというのでは間に合わなくなるかもしれない、本格的に従業員を持って組織的に展開していった方がいいかなと思いました。

そう考え始めたら配達弁当業に加えて、<自分のお城>という店舗を持ってもいいなとワクワクしてきました。お店を構えるなんてまったく考えたこともなかったのに。本当に、自然の流れに乗ってここまで来たという感じですね」

いい従業員に囲まれて、幸せ

「勤勉で、よく気がつく、いい従業員たちに恵まれました。私が、ケータリングでどうしても出向かないといけない場合でも、安心してお店を任せられます」

従業員の1人は、伊藤さんの新聞社勤務時から手伝ってきた女性。取材した時も伊藤さんの右腕のごとく、テキパキと見事な手さばきで進めていた。

「私はずっと美里さんについてきましたけれど、自分でお店を持つなんてできませんね。美里さんはよくやるなぁと感心しています」と伊藤店長を褒めたたえていた。

つい先日、大学新卒のフランス人の若い男性がMisatoチームに加わった。配達員として、またマーケティング係として、Misatoのお弁当をさらに多くの人たちに知ってもらうべく働く。

「どうなるでしょうか。日本的な考え方の中で働くのは少し違和感があるかもしれませんね。でも、意欲満々の彼が運んできてくれる新しい出会いに、とても期待しています。よりたくさんの人たちに味覚を通して喜んでもらえたら、というのはパティシエのころから変わらない思いですから」

伊藤さんのお仕事道具を拝見!

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日本のお弁当は、なんといっても白米が特徴! 炊きたてを保温器に移す瞬間をキャッチしました。

ある一日のスケジュール

06:00

起床、一人で朝ごはん。
メールのチェックをし、ホッとするひと時。洗濯機のタイマーをかける

07:00 小学生の息子二人を起こし、子どもの朝食タイム
07:30 自転車で出勤(早い時は、7時には出発)
08:00

店に到着。配達物の確認、カードでも昨日の売り上げを確認
お米をとぎ、お昼に備える

10:30 本日の予約の確認 青汁タイム(余裕がある時は青汁を必ず飲む)
11:30 配達用お弁当の準備 配達開始(配達担当者)
11:45 お弁当タイム(ひたすらお弁当を作って販売)
14:00 ようやく、お昼ご飯
19:30 帰宅。木曜日は19時半からヨガ、その場合、夕食は夫にお任せ
20:00 家族と夕食
20:30 子どもたちをお風呂に入れ、済ませた宿題の確認。21時には、子どもたちを就寝させる
21:00 明日のメニューをサイトにのせる。翌日の魚、野菜の注文
24:00 就寝

ピンチもこれがあればOK! 私の最終兵器はコレ

モダンジャズダンス教室に通っています。忙しい中でも何か趣味をと思って始めたら、もう5年目になりましたね。みんな向上心がとても高くて、体育会系のノリですね。すごく刺激を受けています。発表会もあるんですよ。今年はヨガも始めました。もう、とにかく楽しいです!

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

「Misato 」のお弁当の自慢点は?
ボリュームがあることですね。パリのほかのお弁当屋さんと比べると、当店は箱のサイズが多少小さめですが、ギュッと詰まっているので満腹になると思います。
すべて手作りだと、手間がかかり過ぎでは?
メインのおかず、たとえばコロッケなどを冷凍食品にして、お弁当を10個でも20個でも多く作って売ることはできます。でも、それはしたくありません。数を少なくしてもいいので手作りにしたいのです。やっぱり手作りはおいしいですから。
お店が繁盛する予感はありましたか?

そうですね。この周辺は、銀行や電気会社など企業が割合とあって、でもレストランやテイクアウトのお店が少ないのです。とくに働いている方たちがお得意様になってくれるだろうと思っていました。

軌道に乗るまでは半年くらいはかかるだろうという見込みでした。それが開店翌月から波に乗ったという感じで、ビックリしましたね。だからといってこれで満足というわけではなく、ある程度軌道には乗れたので、次の目標は売り上げを今より20パーセント伸ばすことです。

まったく予想外だったのは、Misatoが初めての方たちが、毎月いらしてくださることですね。開店当初は珍しさから、1回来るという人は多いですね。こうして新規のお客様が継続することは期待していませんでした。道路を挟んで反対側がホテルで、そこの宿泊客の方たちも多いと思います。バス停も目の前なので、ふらりと寄ってくださる方もいるのかもしれません。嬉しいですね。  

今後は、どんどん配達のサービスを増やすので、また新しいお客様を開拓できると思います。

将来的に、店内を広くするなどの計画は?
まずはキッチンを改装します。以前ここはテイクアウトの食べ物屋で、私たちはそのまま入店しました。開店してみたら、キッチン内の設備を私たちの仕事にもっと合わせないといけないとわかりました。改装後、新年からは使い勝手がよくなります!
フリーランスを目指す人へ、ひと言お願いします。
最初から大当たりを目指さないで、無理せず続けることでしょうね。私も、もちろん大当たりを目指したいんですよ。でも、いきなりはできなくて、確実にできる小さい範囲から始めました。女性は自分のペースで進めばいいと思います。
大当たりまでの道のりは長いかもしれない、きっと継続することが1番難しいでしょう。大切なのは、常に次の目標を持つことだと思います。 私も、数年後に、自分がこうありたいというイメージは常に持つようにしています。そうやっていけば、何があっても続けられると信じています。
岩澤里美

Writer 岩澤里美

スイス在住ジャーナリスト。東京で雑誌の編集者を経てイギリス留学、2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。興味のおもむくままヨーロッパ各地を取材し日本のメディアに執筆中。社会現象の分野やインタビュー記事が得意。NPO法人Global Press(在外ジャーナリスト協会)理事として、フリーの女性ジャーナリストたちをサポート。息子は、私の背丈を超えるまでに成長。
http://www.satomi-iwasawa.com/

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