Vol.113 グラフィック・デザイナー クラウディア・ルッツさん 「持病とつきあいながら、納期を調整して作品作り」


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Profile

スイス・ロールシャッハ市生まれ。現在40代。チューリヒの芸術専門大学にて写真を専攻。卒業後、アーティスト系写真家として仕事を始めたが、自転車に乗っていて事故に遭い、後遺症(めまい、集中力障害、偏頭痛)に悩まされた。方向転換を決め、グラフィック・デザイナーに。大手広告代理店に就職して経験を積み、2012年からフリーランスへ。アートディレクターとしても活動。フリーランスで働く生涯のパートナーと猫とチューリヒ近郊に暮らす。

クラウディア・ルッツさんのサイト:www.claudialutz.ch

クラウディア・ルッツさんは、月に10回も強い頭痛がおそうこともある頑固な偏頭痛持ち。いつ頭痛が始まるが予期できず、完治するのも一筋縄にはいかないこの病気と、もう20年ほどつきあってきた。

「この症状をかかえていることで、働き方を変えざるをえませんでした」との言葉通り、職種や働き方を変えてキャリアを築いてきた。

安定を求めて、畑違いのグラフィックの世界へ

クラウディアさんは芸術専門大学で5年間学んだ後、アーティスト系写真家として生活を始めた。写真好きの祖父と父の影響で「写真を仕事にするのが私の道」と小さいころから決めていたのだ。ところが1年して、事故による入院とその後遺症のために2年間も働くことができなくなった。

貯蓄もなく、写真家として今後、安定した収入も期待できそうにないからとこの道をあきらめ、助成金をもらって、同じアート系のグラフィック・デザイン(コンピュータプログラム)を学ぶことにした。

「写真とグラフィック・デザインは全然違います。あまり知識がなかったのでアルバイトから始めようと思って、いくつか広告代理店に聞いてみたのです。そうしたら大手の会社で、『今日からあなたはグラフィック・デザイナーです』と言われ、フルタイムで採用されたんです。当時は人手不足で採用してもらえたけれど、いまだったらグラフィック・デザインを専門的に学んでいない人には絶対にチャンスはないですから、本当にラッキーでしたね」

偏頭痛のため会社員をあきらめ、フリーランスへ

スイスの広告業界は日本と同じように仕事の量が多い。スイスの企業では残業はあまりないが、広告会社は別だ。数日後に完成させてくださいというタイトな締め切りの依頼も、当たり前のように飛び込んできたという。

「若い社員が多くて活気にあふれた毎日でした。でも偏頭痛がどんどんひどくなってしまい、仕事をこなすために強い薬を飲むようになって、薬のせいで頭痛が起きることもありました。このままでは体によくないと切実に感じました。あと、偏頭痛がどういうものであるかを上司がよくわかってくれなくて。会社に居づらくなってしまい、結局、2年半で辞めることにしました」

退職後は別の代理店で働いた。しかし、オフィスに出向いて仕事をすることも次第につらくなってしまい、1年後に会社を辞め、体調がすぐれないときはすぐに横になることができる在宅フリーランスという道を選んだ。夏に偏頭痛がひどくなるため7月は働かず、1か月~1か月半の1つのプロジェクトを終えると少し休むという働き方に変え、できるだけ体への負担を減らすようにした。

つてを通して、クライアントを少しずつ獲得

勤めていたときは、会社やエージェンシーの名前で仕事をしていたクラウディアさんは、どうやって仕事を獲得していったのだろうか。

「初めはどうしたらよいか見当がつかなくて、知人のグラフィック・デザイナーに相談したんです。そうしたら、『忙し過ぎてできないからやってくれない?』と仕事を紹介してもらえることになりました」

その後は友人や知人経由で声がかかるようになり、自分からは積極的に宣伝していないのだそう。偏頭痛のために、仕事がたくさんありすぎても困ってしまうからだ。

いまも、具合が悪くなることを計算に入れて、締め切りまで余裕を持ってできる仕事を選んでいる。

代理店時代は、自動車製造会社ルノー、通信事業者スイスコムなど、大手からの案件も手掛けた。フリーランスのいまは有名家具店などからの案件もあるが、人道援助団体、国際協力協会、フェアトレードショップ、障害者のためのタクシーサービス協会といったクライアントが多い。

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クラウディアさんは、ポスター、会社のロゴ、名刺、家具のカタログ、冊子、テレビのコマーシャルなど、さまざまなジャンルでビジュアルを作成している。

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街に張られたクラウディアさん発案のポスター

将来は、また違う世界へ飛び込みたい

偏頭痛という持病を持ちながら働くことは、デメリットが多いとクラウディアさんは話す。

「通常の労働時間を持てず仕事量を制限しなくてはいけないということが、1番のデメリットですね。収入も少なくなりますし。それに、偏頭痛になると、ストンと穴に落ちたような気分になるので、そこから仕事に向けて気持ちを高めるのがすんなりと行きにくいときもあります」

そんな経験から、体調不良をかかえながら企業で働く人や、体調の波を持ちながら働くフリーランスに向けて、クラウディアさんからのメッセージは、こちら。

「体調不良を自分自身で真剣に受けとめるのは、本当にとても大切です。私は薬を飲み続けて耐えてしまって、もっと早く対処しておけばよかったと、いまになって思います。もう1つは、助けを求めることです。体調がすぐれない状態を伝えて働くのは多くの社会ではタブーですが、何らかの助けを求めてほしいです」

「コンピュータで仕事をすることは、すごく面白いです。でもコンピュータに長時間向かえないのは不利です。アナログな写真撮影を学んだので、コンピュータに頼らず、人の手で何かを作り出す恋しさも消えなくて。近い将来は、まったく別の分野の仕事をしてみたくて、何をしようか考え始めています。20代から60代までの就労年齢期間で見たら、私はいま中間点にいます。まだまだ先は長いわけですから、自分の可能性を広げたいです」

■クラウディアさんのお仕事道具を拝見!

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やはり、コンピュータが必須アイテム。自宅の屋根裏部屋が仕事場。夏場は暑いので、写真のように、リビングルームにコンピュータを運んで仕事をすることも。「近所のデザイン事務所内で、スペースを借りて仕事場にしようかとも思うけれど、なかなか見つからなくて」とのこと。探している理由は、①仕事と家での時間とをはっきりと分けたいから ②家で仕事をしていると1人。誰かがいれば、案件に関して意見を聞いたり、一緒に休憩してお茶を飲んだりできるから。 

■ピンチもこれがあればOK! 私の最終兵器はコレ

パートナーと長期旅行するのが好き。今春はマレーシアとタイで6週間半も羽を伸ばした。長期休暇の調整ができるのはフリーランスだからこそ。休暇中も偏頭痛はあるので計画したように行動できないこともあるが、楽しい時間を過ごせるなら旅行したいそう。

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旅行先のクロアチアでの一枚

ある一日のスケジュール(夏季)

08:30 家で仕事をしている(仕事部屋は別)パートナーが起こしてくれて起床。朝食。オンラインで新聞を読む。
09:00 庭と畑に行って、水やり。
09:15 コンピュータに向かって、仕事。
11:30 洗濯と掃除。
12:00 頭痛がなければ、再びコンピュータを使って仕事。
14:00 庭でランチ(味噌汁とパンなど軽めに)、新聞を読む。パートナーと一緒にランチのときは、それぞれの仕事や、2人で一緒に進めているプロジェクトについて話す。
15:00 買い物、友人と会う、歩いてすぐの湖で泳ぐ。医者やセラピーの予約もしばしば。
19:00 パートナーと夕食(3日ごとに交代で調理)。 庭いじり。
21:00 裁縫したり、パートナーとドラマやドキュメンタリーを見たり。ときどき、近所の人たちと家の前の噴水でおしゃべり。
23:00 ベッドの中で読書。夢中になると深夜1時に就寝。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための質問

 受注するときに、クライアントに偏頭痛のことを伝えている?
持病のことを言うと仕事ができない人だと思われることもあるので、普通は伝えません。クライアントと連絡を取り合っていって、言っても大丈夫だと判断できれば伝えます。
 収入についてはどう考えているか?
フリーランスだから安めの値段でやってほしいと問い合わせがくることがあります。この値段では請けないという額は自分の中で決めています。
 仕上がりで心がけていることは?
いいアイデアが浮かんで、ある程度の形にしたら一晩置いておきます。次の日に新鮮な目で見ると、違うアイデアが浮かんできたりしますから。もう1つ決めていることは、どこでやめるかの線引きをきちんと判断することです。直そうと思うと、いくつも小さい点を直せます。でも、それではきりがありません。
岩澤里美

Writer 岩澤里美

スイス在住ジャーナリスト。東京で雑誌の編集者を経てイギリス留学、2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。興味のおもむくままヨーロッパ各地を取材し日本のメディアに執筆中。社会現象の分野やインタビュー記事が得意。NPO法人Global Press(在外ジャーナリスト協会)理事として、フリーの女性ジャーナリストたちをサポート。息子は、私の背丈を超えるまでに成長。
http://www.satomi-iwasawa.com/

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