Vol.114 開店から数時間で商品化のオファー。文具シリーズが大ヒット中の手づくりはんこ作家・史緒さん

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Profile

歴史上の人物や有名人など、消しゴムで似顔絵はんこを制作する。1997年、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。デザイン事務所、印刷会社などへの勤務を経て、2010年より消しゴムはんこの制作を始める。2015年より、株式会社オリエンタルベリーから「史緒はんこ」シリーズ文具を発売。現在はイベントの出展や個展開催のほか、NHKカルチャースクールにて講師としても活躍中。
http://fumiwo.com/

ネットショップ開店から数時間で商品化のオファー

ナイチンゲール、アインシュタイン、夏目漱石に太宰治などの歴史上の偉人のリアルな似顔絵消しゴムはんこを制作し、「手づくりはんこ史緒」として活動する史緒さん。「史緒はんこ」として文具化もされているため、店頭で手に取ったことのある方も多いかもしれない。この文具シリーズ、はんこ制作を始めてからわずか5年、自身のネットショップを開店してからなんと数時間後に商品化の話が届いたという、驚きの経緯をもつ。

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とはいえ、すべてが順風満帆だったかといえば、そう単純な話ではない。
新卒で入社したデザイン会社が1年弱で倒産したり、イラストレーターを目指すも仕事に結びつかなかったり、転職を繰り返したり。大学を卒業してから10年以上もの間、バイオリズムでいうところの「谷」の時期が続いたという。

「仕事を辞めて茨城に引っ越すまで少し時間があり、文具メーカーが主催しているスタンプアドバイザーの養成講座に通ったんです。資格を取ると自分で教室を開け、スタンプも安く購入できるという特典もありまして」

そこで、「自分好みのスタンプがないから、つくろう」と思いついたのが転機だった。その後、「イベントで作品を販売してみれば?」と声を掛けられ、消しゴムはんこを数点彫りためて会場に向かったという。

「動物デザインのはんこのほか、目玉は地元・茨城の有名人である水戸光圀公のはんこ! 結局それは、売れ残ってしまったのですが・・・(苦笑)」

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稼げなくても悩んでも、「継続する」ことを大事に

初のお披露目での反応はイマイチだったそうだが、うれしかったのは、エディトリアルデザイナーの友人が「すごくいい!」と褒めてくれたこと。その言葉を励みに人物のはんこを彫り進め、デザインフェスタやスタンプカーニバルなどデザイン系のイベントにも出展するように。

さらに、ハンドメイドのマーケットサイトであるCreemaなどにも出品し、徐々に注文も入るようになった。ただ、後者では手数料や購入者との煩雑なやりとりがネックとなっていたことから、自身のネットショップを開店。そこから、冒頭で紹介した「ネットショップ開店→数時間後に文具商品化のオファー」という流れに至る。

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商品はシリーズを重ね、評判も上々。そこからさらなる流れが生まれ、現在では東急ハンズやLOFTの店頭でイベントを行ったり、カルチャースクールの講師を務めたりしているという。

「稼げなかったり、評価や結果に結びつかなかったりで悩む時期もありましたが、止める選択肢はありませんでした。止めたら、終わってしまうから」と史緒さん。経営の神様と呼ばれた松下幸之助も、「失敗したところで止めるから、失敗になる。成功するまで続ければ、それは成功になる」という言葉を残している。

その言葉からは、史緒さんがもつ穏やかで柔らかな雰囲気からは読み取れなかった、情熱的な一面が見えた。

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現在販売中の2018年カレンダー。史緒はんこシリーズとして3タイプで展開している。

史緒という名前より「作品」が大事

「仕事を広げるための工夫ですか? これまで、人から声をかけていただくことばかりで......人見知りでアピール下手なので、売り込みがうまくいかないと、ヘコんでしばらく動き出せないんです(苦笑)」と史緒さん。 とはいえ、チャンスをただ待つだけではなく、「これならばできる」ことを続けてきた。

その一つが、「依頼がなくても、モチベーションをもってつくり続けること」。
常にモチーフの人物になりきり、その人生に感動しながら制作しており、作品をつくることはいつでも楽しいそうだ。

もう一つが、「発表する場を増やすこと」。
言葉では上手にアピールできなくても、イベント出展やホームページ開設などで人目に触れる機会をつくる。今年は11月1日から12日に神保町にあるJAZZ喫茶店「きっさこ」で個展を開催する予定だ。

ちなみに、個展やイベント出展の際は直接「個展に来て」とは誘いづらいため、ダイレクトメールを送ることにしているという。 このように史緒さんは、自分なりの「できること」を着実に実行することで、相手を引き寄せてきたのだ。これは、同じように「人見知り」「アピール下手」という悩みを抱えるフリーランスの方々にとっても、大きなヒントとなるのではないだろうか。

彼女が目指す次の展開が気になるところだが、返ってきたのは少々意外な答えだった。

「消しゴムはんこによる版画という手法は変えず、イラストレーターとしてお仕事をしていきたい。『この人を彫って』という依頼をいただいてつくり、それが雑誌や書籍を飾れるようになったらうれしいです」

「史緒という名前が前面に出なくても?」という問いにも、「はい」と言い切る。 自身の名での商品化を果たしたにもかかわらず、後戻りとも思えなくもない返答。 だが一方で、「作品づくり」を第一にした一本気で純粋な職人気質に、潔さを感じた。

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くすっと笑える一言つきの付箋やメモ、新商品の金の箔押し「黒ポチ袋」も人気。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

質問1 偉人を彫るようになったきっかけは?

みんなが知っている人を彫ると、受けがいいので(笑)。「中学生男子でも知っている人」が、人選の基準です。また、ポーズなどもアレンジせず、太宰治であれば頬杖をついたポーズ、ザビエルであれば、手を胸の前でクロスさせて斜め上を見ているポーズなど、誰もがわかるアイコン的なポーズを変えないようにしています。

質問2 スタンプをつくるうえで大切にしていることは?
「普遍的なものをまじめに、かつ愛嬌をあるように」を心がけています。その人物に誠意をもって、デフォルメもしすぎないようにしています。ついその人に感情移入してしまい、「大変な人生だったなあ」など、本人になりきって彫っていますね(笑)。
質問3 人物画とともに、ひと言セリフが入っているものも多いですね。
セリフを入れるときは皮肉めいた、アクのあるひと言を選ぶようにしています。絵柄が強いので、セリフもアクがないと負けてしまうんですよね(笑)。「クスっ」と笑ってもらえる仕上がりを心がけています。
質問4 似顔絵を彫るときは、何を参考にしていますか?
世界文化社から出版されている『ビジュアル版日本史1000人』と同シリーズの世界史版を参考にしています。顔写真だけでなく、生い立ちや功績なども載っており、人物像が立体的に捉えられるので重宝しています。まだまだ彫りたい人はたくさんいますよ!

ある一日のスケジュール

05:00 起床。娘のお弁当と朝食づくり。メール返信や書類整理など
07:00 朝食をとり、家事を済ます
08:30 娘を幼稚園へ送る
09:00 「手づくりはんこ史緒」としての仕事
16:00 夕食づくり
17:00 娘のお迎え→夕食
18:30 入浴など
20:00 寝かしつけ(疲れていると、一緒に寝てしまうことも)
21:00 「手づくりはんこ史緒」としての仕事
23:00 就寝

ピンチもこれがあればOK! 私の最終兵器はコレ

疲れたとき、ピンチのときは、音楽を聴きながらひたすら彫ります。ジャンルは、テクノや昭和歌謡。テクノは音の繰り返しの感じが心地よく、ロボットになったような気分になって作業効率が上がります(笑)。昭和歌謡は独特な言葉遣いとレトロな雰囲気が好きで、聴いているとネタに結びついたりしますね。昭和歌謡を聴きながら、外国の方を彫ることも多いです。

細井 秀美

Writer 細井 秀美

大学卒業後にエンタテインメント系雑誌、ビジネス書の出版社でそれぞれ編集者として勤務した後、フリーランスに。ライター界のユーティリティプレイヤーを目指してWeb・書籍・雑誌問わず幅広い分野の仕事をこなすも、数字とITには苦手意識が……。インタビューを通し、多彩・多才な人々の生き方や考え方に触れることにやりがいを感じている。高齢出産したふたりの子どもを抱え、仕事と育児に追われる日々。

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Photographer 小林友美

静岡県生まれ。スタジオ勤務を経て上京。2004年よりフリーランスとして活動開始。東京都在住。雑誌、書籍、Webを中心に活動中
http://www.tomomi-kobayashi.net/