Vol.115 Bahar主宰|"40歳の壁"が転機に。編集者から、手芸デザイナー・アトリエオーナーへ

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Profile

春日一枝さん

福井県生まれ。編集プロダクションを経て、フリーランスの編集者になる。世界の手仕事や暮らしを紹介する活動を行う「Bahar(バハール)」主宰。清澄白河にあるfukadaso2Fにて、アトリエショップを運営。著書に『ミャンマーのすてきな手仕事をめぐる旅』(グラフィック社)、『はじめての手づくり かんたんかわいいソーイング』『はじめての手づくり すいすいできるあみものとポンポンこもの』(小学館)がある。編集した書籍に『世界手芸紀行』(日本ヴォーグ社)、『ポーランド ヤノフ村の絵織物』(誠文堂新光社)がある。

春日さんのサイト http://bahar.bz

世界の手仕事を伝えたい。その想いから生まれたブランド「Bahar」

美術館やギャラリーが集まるアートの街、そして最近ではコーヒーの街としても話題の清澄白河にあるレトロな建物「fukadaso」の一室に、春日一枝さんの仕事場兼アトリエはある。世界の手仕事を伝える「本」を作り、そこに登場した品々を手に取って見てもらえる場として、週に3日ほど「アトリエショップ」をオープン。企画展や春日さん自らが作成した「刺しゅうキット」の販売、手仕事を体験できるワークショップなども開催している。

お邪魔すると、繊細な細工が施された世界の手仕事品や、春日さん自身が手がけた刺しゅうキットなど、うっとりするくらい美しく、魅力的な「Bahar」の世界が広がっていた。

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「Bahar」は、「世界の手仕事を、物が生まれる背景ごと伝えたい」という想いから、春日さんが2010年に立ち上げたブランド。取材で伺ったときは、メキシコの刺しゅうブラウスが展示されていた。展示内容は2~3週間ごとに変わるとのこと。

春日さんは、なんと2017年7月で、フリーランス歴20年! しかし最初から「Bahar」として活動していたわけではない。いち編集者からキャリアをスタートさせた春日さんが、いかにして自身のブランドを立ち上げるにまで至ったのだろうか。

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ハンガリーの「刺しゅうキット」。制作は外部に委託することなく、布を切るところから、糸を揃えるところまで、すべて春日さんの手仕事で行っている。

漫画家の夢を叶えるため、22歳で会社を辞め上京

子どもの頃は、手芸雑誌を愛読書に、編み物や手芸に夢中だったという春日さん。クリスマスプレゼントには「毛糸」をリクエストするほどの手芸少女だった。また、手芸と同じくらい大好きだったのが「漫画」だ。中学生の頃は、漫画家を夢見て漫画雑誌に投稿したこともあったそう。そんな学校時代を過ごした後、地元福井県にある電子部品メーカーに就職する。

しかし、2年ほど勤めた22歳の時、その後の人生を変える大きな決断を下す。どうしても漫画家の夢が諦めきれず、仕事を辞め、単身上京に踏み切ったのだ。何のあてもない上京だったが、着いてすぐに見た求人情報誌で、たまたま漫画の編集プロダクションを見つけ、面接を受けてみると即採用。こうして春日さんの編集者としてのキャリアがスタートした。

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春日さんが着用しているブラウスは「ハンガリー刺しゅうブラウスキット」として「Bahar」で販売しているもの。白と黒の2色で展開している。

漫画家の厳しい世界を目の当たりにした編集プロダクション時代

編集プロダクションでは、主に漫画雑誌の読み物ページを担当していた。「漫画の編集プロダクションだったので、いろいろな漫画家さんを近くで見ることができましたし、生原稿を見る機会もありました。でも同時に、人気商売である漫画家の厳しい世界も目の当たりにしましたね」 。

大好きな漫画雑誌の仕事に携わりながらも、このままでいいのだろうか、もっと積極的に「編集」として仕事をしていく道はないのだろうか、そんな悶々とする中で選択肢としてあがったのがフリーランスだった。

「編集プロダクション時代から、出版社と直接お仕事をするフリーランスのライターや編集者を見ていたので、私もその方たちみたいになろうと思いました」

単行本づくりの面白さを知った30代。漫画家志望から気持ちはハンドメイドへ

こうしてフリーランスとして、出版社から直接お仕事をもらうようになった春日さん。最初の頃は、断ったら仕事の依頼がなくなるんじゃないかという怖さから、来る仕事は何でも引き受けてきたという。パンク寸前までいきつつも、一つひとつ仕事をこなしていくうちに、人のつながりも増え、漫画雑誌だけではなく、絵本雑誌の編集にも関わるように。「絵本雑誌では、手作り作家さんの取材も多かったんです。作家さんの活動を目の当たりにするうちに、やっぱりハンドメイドが好きだという気持ちが強くなってきて。漫画雑誌の付録のお仕事で、自ら編集長に提案し「ハンドメイドブック」を作らせてもらったこともありました」。

37歳の時には、初の著書『東京 和のおやつどき』(小学館)を、名久井直子さんとの共著で出版。この頃から、編集の仕事は書籍にも広がっていく。 

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好きな仕事をしていると、それを見た人が、また別の仕事を紹介してくれる。そんな好循環が春日さんを取り巻いている。

目の前に迫った40歳の壁。いざ、独自ブランドの立ち上げへ

しかし、そんな一見順風満帆に見える春日さんも、40歳を目前にして、漠然とした不安に襲われたという。「今後、出版社の編集者が、自分より年下になってきたらどうなるんだろう。若い編集者は、年上のフリーランスに仕事を振りにくいんじゃないだろうか......」。俗に言う"フリーランス40歳の壁"である。年齢を重ねても生き残っているのは、専門分野を持っている人。自分も専門分野を持たなければと、危機感を覚えたという。

そんな時、雑誌の取材で訪れたのが、ファッションデザイン関連創業支援施設の「台東デザイナーズビレッジ」だった。最初はほかのクリエイターに入居を勧めていたというが、ある時、自分が入居することを思いつく。「編集の仕事だけではなく、本と手芸キットを組み合わせて自分のブランドを作れないかな」。子どもの頃、夢中になったハンドメイド。やりたい気持ちはありつつも、なかなか形にできないでいた。台東デザイナーズビレッジとの出会いがきっかけとなり、ついに "世界の手仕事を伝える"「Bahar」が誕生することとなる。

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フランス語、英語にも翻訳された『かんたん すてきな ポンポンづくり』(グラフィック社)。旅先のハンガリーで、民族衣装とともに巨大な柄入りポンポンの頭飾りを見たことが、制作のきっかけに。この本では"手芸デザイナー"としての顔を見せている。

自分を不安にさせていたのは"仕事はもらうもの"という意識

台東デザイナーズビレッジは、新ブランドのスタートを切るには最高の場所だったと春日さんはいう。

「取材も多いですし、入居者同士の横のつながりもできます。また、台東区の厳しい審査を通って入居しているので、外部に対しては信用力にもなります。実際に、百貨店とお取引をさせていただいた際も手続きがスムーズでした。物づくりでフリーランスになりたいと思っている方には、ぜひおすすめしたいですね。もし入居できなかったとしても、審査に向けて準備することで、事業計画や自分の想いをまとめることができるので、それだけでも大きなメリットになると思いますよ」

2013年に台東デザイナーズビレッジを満了し、現在は清澄白河の「fukadaso」にアトリエを構える春日さん。48歳となった今、ブランド立ち上げ当時に感じていた"40歳の壁"は、どうなっただろうか。

「40歳までは、"仕事はもらうもの"という意識がありました。だから不安だったんだと思います。でも今は、お客様さえいれば、自分で作ったものを売ったり、展示販売をしたりすることでも生きていけます。仕事はもらうものだけじゃない、自分で作れるんだと思ったら、不安はなくなりました」

長く続けるには、状況に応じて変化を求められることもあるだろう。それに気づき、行動に移したからこそ、20年の長きに渡ってフリーランスとして活動し続けられる今の春日さんがいるのではないだろうか。自らの行動力で40歳の壁を突破した春日さんは、歳を重ねるにつれますます輝いていくに違いない。

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春日さんが編集を担当した最新刊『ポーランド ヤノフ村の絵織物』(誠文堂新光社)。ポーランド東北部に位置するヤノフ村の絵織物の技法書で、これを見ながら実際に織ることができる。「Bahar」では2018年春に「春のヤノフ村の織物展」を開催予定だ。

ある1週間のスケジュール



編集の仕事をメインにしつつ、展示会を見に行ったり、手芸キットを作ったり、Webショップにアップする写真撮影をすることも。
雑務全般をこなす。



13時~19時までアトリエショップをオープン
東京から日帰りできる「山」へ行き、1週間をリセット

ピンチもこれがあればOK!私の最終兵器はコレ

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少女時代に愛読した手芸雑誌たち。これを眺めると、「少女の頃にあこがれていた手芸の世界で仕事ができているのだから、なんてありがたいんだろう、よしがんばろう!」という気持ちになるのだとか。

Q&A - 自分スタイルの働き方を実現するための5つの質問

質問1 フリーランスに大切なことを3つ教えてください。
ひとつめは「思い立ったらすぐ行動」。何かやりたいと思ったら、その気持ちが熱いうちにすぐ行動するべきです。やらない人ほど、"それができない理由"を見つけてきます。2つめは「締切を守ること」。そして3つめが「運動すること」。好きなことをやっていくためには、病気にならないということも大切です。運動して体力をつけておきましょう。
質問2 これまでお仕事が途切れたことがないとのことですが、どうやって獲得してこられたのでしょうか?
書籍の仕事は、だいたい編集さんとの何気ない会話から、「こんなのやってみたいね」「じゃあ企画書出してよ」というような流れで決まっていくことが多いです。ですから、みなさんも好きなことがあればどんどん口に出したほうがいいですよ。
質問3 今年の夏は、北欧の旅に行かれたとお聞きしました。海外へはお仕事に絡めて行かれるのですか?
仕事で行くこともありますし、仕事が絡まないプライベートな旅の時もあります。ですが、周りの人からは、自分が出会ったものは、何かしら形にしてるねって言われるんです。だから、プライベートな旅も、いつか役に立つという気持ちでいます。何事も無駄なことはないと思っています。
質問4 アトリエショップやwebで販売しているものは、春日さんが買い付けしているのですか?また、アトリエでの企画展は、すべて書籍と連動しているのでしょうか。
基本的に買い付けは、現地に住んでいる方や、現地と日本を頻繁に行き来している方々にお願いをしています。私が実際に行ったとしても短期間で回らなければいけないですし、やはり現地の職人さんと密にやり取りをしている方々の目利きにはかないません。企画展は、ぬいぐるみ作家さんや籐作家さんなど、書籍連動以外の展示をすることもあります。
質問5 20年フリーランスをされてきた立場から、今フリーランスの方々へアドバイスをお願いします。
すぐに実行すること。それから、仕事の幅を広げたいのであれば、どんどん外に出ていくこと。面白そうな人に出会ったら、その場限りにせず、その方の展示会に出かけてみるなどご縁をつなげていくことが大事だと思います。
釘宮 優子

Writer 釘宮 優子

広告制作会社でのカタログ・パンフレットの編集・コピーライティング、金融専門研修会社でのテキスト編集等を経て、2016年よりフリーランスの編集者・ライターに。マネー・働き方関連の取材記事、人物インタビューをメインに活動中。AFP。プライベートでは、10歳年下の夫と2013年生まれの娘の三人暮らし。

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Photographer 小林友美

静岡県生まれ。スタジオ勤務を経て上京。2004年よりフリーランスとして活動開始。東京都在住。雑誌、書籍、Webを中心に活動中
http://www.tomomi-kobayashi.net/